吉原の遊女にも影響をあたえた、江戸時代の「ゲイ」の仰天ルール

みなさまごきげんよう、歴史エッセイストの堀江宏樹です。
現在、日本の人口のうち、約5%ほどが同性に恋愛感情を抱く人たち、つまり同性愛者だといわれています。ちなみに江戸時代、徳川幕府の5代将軍・綱吉がスパイに調べさせたところ、同性愛(以下、男色)の傾向があったお殿様の比率は、日本全国の大名の中で約8%だったといわれています。

現代の5%という数字に比べ、3%も多いわけです。これは昔の日本が同性愛に対し、寛容だった以上に、「男色こそが、純愛の象徴だった」と理想化すらされていたからかもしれないのですね。大半の武士にとって、女性との結婚は、本人の意思とは無関係に生じてくる、いわば「義務」にしか過ぎませんでした。側室の女性だって、本人の「好み」だけでスカウトすることは難しい。「ウチの娘でもご側室に、いかが?」と押し付けられた末の関係も多かったのです。そもそも鎌倉幕府の時代から、武士の世界は女性関係にストイックなのです。ですから、ホントの意味での「純愛」を経験したければ、男同士の関係しかなかった……といえるのです。

戦国時代の武将には特別な寵愛を与える家臣がいたというエピソードを聞いたことはありませんか? 有名なのは、織田信長と森蘭丸の関係です。武士には男同士の固い絆をある意味、美化する傾向がありました。戦国時代と共に乱世が終わり、徳川幕府が生まれても、この傾向は衰えず、むしろ進化しました。

こうした(おもに)武士同士の男色のことを、「衆道(しゅどう)」と呼びます。「今でいう、ゲイのこと?」と思うかもしれませんね。間違ってはいませんが、微妙に違います。男女の夫婦の縁が3世……つまり3回、生まれ変わっても続くと言われることに対して、「衆道」ではなんと7世! 7回生まれ変わっても、まだ結ばれる相手っていうんだから、相当な覚悟ですわな。たとえば「衆道」ではお互い、これだ!という運命の男性を見つけた場合、彼のことだけを本当に、永遠に、愛し続けなければなりません。

たとえば江戸時代でも、平賀源内のように女性嫌いを公言し、複数の同性の恋人を持ち、浮気な恋愛生活を楽しむタイプの男色に生きる男性もいました。フツー(?)の男色というやつですね。しかし、「衆道」はあくまでストイックなタイプの男色だったわけでございます。

「衆道」では相手に愛を疑われた時、身体を張って、愛の証明をせねばなりませんでした。たとえば、小刀を膝に突き刺して見せたりしたんですね。晩年の伊達政宗も、ある酒の席で、恋人の男性に「浮気してるだろー?」など軽口を聞いたところ、彼に激怒されたことがあります。そして「僕の潔白を証明します!」などと彼が刀を膝に突きつけてしまうのですね。

政宗は男女ともにモテるし、浮気な男性でした。その後「痛かっただろ〜」とフォローの手紙を送りつつも、「でも熱烈すぎるのは困るな〜、オレは孫もいるしさ〜」とかなり困っている様子が、政宗からその男性に送られた手紙からヒシヒシと伝わります(苦笑)。

この手の自傷系をふくむ、愛の証明を「心中立て」と呼びました。愛の証明のためには、死すら恐れたりはしません(このため、「衆道禁止令」が幕府から出されたことも)。現在の日本でも「心中」という言葉はのこっていますが、生きていては結ばれない二人が死んでしまうことだけを「心中」というのではなかったのですね。あれは心中立ての最後の段階の話でした。その前段階のひとつとして、「小刀を膝に突き刺して見せる」などが存在したのです。

「衆道」、つまり男性同士のコアな愛の証の立て方は、ある意味で評判となり、なんと吉原の遊女によってマネされたりもしました。吉原は単純な風俗街ではなく、あくまで理想の愛の幻想を売り買いしていたのですね。吉原は現在のホストクラブのように、永久指名制でした。ある遊女とお客が「馴染み」になってしまったら、(お客の)浮気は絶対にNG。

真剣な気持ちの証明として、衆道の「心中立て」の一部が、吉原にも取り入れられたんですね。まさに例の小刀を膝に突き刺して見せるアレ、などです。他にも、吉原の遊女が好んだ「心中立て」には、髪の毛を一房切り落とすなどがありました。

また、一般庶民の間でも心中事件が相継いだので、幕府から「心中禁止令」が出されたほどになりました。江戸時代も衆道つまり、男性同性愛者の数は多くはありませんでしたが、彼らの愛することの誇りを命よりも重んじる美意識、そしてそのシリアスすぎる愛のお作法は、世間の一般庶民にも影響を与えていたのです。現代女性の場合、アレもコレも、とメンズを減点法で選びがち。でも「この人だ!」と本能的に思えるお相手を見つけられたのなら、彼のことだけを一途に想い続けるのも手かもしれません。しかし、くれぐれも刃傷沙汰には気をつけて。

著者:堀江宏樹
歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。
http://hirokky.exblog.jp/