フランス・パリのローランギャロスで開催されている全仏オープンテニス。6日に行なわれた車いすの部女子シングルス決勝で、上地結衣(エイベックス・グループ・ホールディングス)がアニク・ファンクート(オランダ)を7−6(7)※、6−4のストレートで下し、初優勝を果たした。

※括弧内の数字はタイブレークでの相手のポイント。

「やったー!!」

 ファンクートのリターンがアウトになると、上地は両手でガッツポーズを作り、高らかに声を上げた。観客席で立ちあがるコーチと目が合うと、思わず涙がこぼれた。初出場だった2年前は1回戦負け。昨年は出場できなかった。さらに、今年1月の全豪オープンは決勝に進みながらも準優勝に終わっただけに、喜びはひとしおだ。

 大会前、上地はこう話していた。

「今年中にグランドスラムのタイトルを獲りたいですね。できれば千川(理光)コーチが帯同してくれる全仏で」

 20歳の若きテニスプレーヤーは、恩師の目の前で有言実行を成し遂げてみせた。

 決勝の相手・ファンクートはロンドンパラリンピック銀メダリストの強敵だ。手首の手術のため、しばらく大会には出場していなかったが、今年の3月に復帰すると、順調な仕上がりを見せ、今大会は第2シードで優勝候補のひとりだったエラーブロック(ドイツ)を準決勝で破り、ファイナルに進出してきた。上地はロンドンでこのファンクートに敗れ、ベスト8に終わっている。上地にとっては、この全仏のタイトルを獲るためだけではなく、今後さらなる成長を遂げるためにも、乗り越えなければいけない大きな壁だった。

 第1セットは、互いに4つのサービスゲームをブレークされる接戦に。そして、ともに波に乗り切れないままタイブレークへともつれ込んだが、上地は落ち着いていた。

「今日はアニクもミスが多い。タイブレークに持ち込めば、勝つ自信があった」

 その言葉の通り、冷静にベースライン際の深いショットを繰り出し、ミスを誘った。そこから優勢にゲームを進めた上地は第2セットでサーブの確率も上がり、試合を完全にコントロール。高い集中力も、優勝の瞬間まで切れることがなかった。

 直前に行なわれた男子シングルス決勝を更衣室のテレビで観ていたという上地。国枝慎吾(ユニクロ)が4年ぶりの優勝を飾り、「自分もあとに続きたい」と試合に臨んだ。その国枝が、試合後に報道陣から上地について聞かれ、「彼女の活躍には刺激を受けますね、負けてられないです」と話していた事を伝えると、「えっ、そうなんですか」と驚きつつも、「嬉しい」と白い歯を見せた。

 高校3年生でロンドンパラリンピックに挑んだが、それまでは大会後にテニスを辞めるつもりだったという。テニスの海外遠征を通して外国の文化に触れたことで語学修得への興味が増し、外国語大学へ進学するか、就職をするかで悩んでいた上地には、「テニスは進路の選択肢になかった」という。

 だが、パラリンピックという世界最高峰の舞台に初めて立ち、「もう一度、日本代表としてこの場にいたいなと思ったんです」

 進学も就職もしない。退路を断ち、テニスプレーヤーとして生きていくという決断に反対する人もいたが、支援してくれている企業の後押しもあり、彼女は新たな一歩を踏み出した。

 「もともとテニスのセンスがあった」と、上地が高校1年生の頃から指導する千川コーチ。テニスに集中できる環境が整うと、上地はめきめきと力をつけていった。ロンドンの翌年にはウィンブルドンと全米オープンに出場。そして、先にも触れたように、今年は全豪オープンのシングルスで準優勝、ダブルスで優勝するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 千川コーチは全仏前、「以前は感覚でテニスをしていたのが、確率や戦術を考えながらプレーするようになった。環境が整ったことはもちろん重要ですが、アスリートの自覚が出てきたのは大きいですね」と、上地の成長を表現していた。

 そうして一歩ずつ、確実に階段を昇り、苦しみながらもグランドスラムの全仏タイトルを手にした上地。千川コーチも「よく勝った」と頬を緩めた。だが、ふたりが目指すところは、もっと高いところにある。

「今の大きな目標はリオデジャネイロパラリンピック。今日優勝した瞬間は本当に嬉しかったけれど、リオへの過程にある、ひとつの試合として捉えます。これから第1シードになる試合が多くなる。守るのではなく、今まで通り攻めていきたい。進化し続けるプレーをしていきたい」(上地)

 千川コーチも、「今回は勝たせてもらった感じ。リターンも強化してきたが、それを本番で出すのは難しいと痛感した。本当の"世界一"に見合うように、これからしっかりと練習に取り組まないと」と表情を引き締めた。まっすぐに前を見つめるふたりの目には、未来のビジョンがしっかりと描かれている。

 なお、上地はワイリー(イギリス)と組んだダブルスでも、ロンドンのダブルス銀メダルペアのグリフォン・ファンクート組(ともにオランダ)を7−6(3)、3−6 、1−0(8)で破り、優勝。単複2冠を達成した。

 車いすテニスプレーヤー・上地結衣。新境地への挑戦が、ここから始まる。

荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu