『ブラック企業VSモンスター消費者』今野春貴、坂倉昇平/ポプラ新書
五月下旬、すき家アルバイトが一斉に休むことで「ストライキ」をするらしいーー。2013年の流行語大賞ベストテンにも入った「ブラック企業」。若者を使い捨てる労働環境が問題となっている。最近では「ブラックバイト」という概念も提唱され始めた(『POSSE vol.22』や東海林智『15歳からの労働組合入門』を参照)。本書に収録されている座談会ではすき家についての言及もある。坂倉は言う。「すき家方式の低価格競争をつきつめても、社会の幸せはないよね」

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すき家のバイトが一斉にストライキをやるらしい。そんな噂がネットで広まっていた。
しかし、決行日とされていた5月29日、私の近所ではいつもと変わらず営業しているではないか。
あれ? と思い、ネットを見てみると「普通にやってるよ」とか「いいや、張り紙貼って閉まってた!」とか、とにかく情報が錯綜していた。

後日、すき家に行ったついでに、店員さんに訊ねてみた。
「渋谷ではストしてなかったと思いますよー。千葉のほうではやったって話も聞きますけど、よく分かんないッス」との答え。
私は、ミニ牛丼を注文することにした。
紅ショウガを山のようにのせながら考えた──「すき家ストライキ騒動」とは何だったのか?

まずは経緯を追っていこう。

5月15日。すき家の計184店舗が、従業員不足などを理由として営業を休止していることが報じられた。(『毎日新聞』5月15日朝刊)
同日、運営するゼンショーホールディングスは以下の声明をだしている。
「この184店舗の内訳は、リニューアル工事によるものが156店舗、人員不足によるものが28店舗です。」(「2014/5/15『人手不足などで184店舗休業』の報道について。」より抜粋)

『産經新聞』5月25日東京朝刊によれば、この人員不足の理由は、人件費抑制と利益率増大のためにアルバイト1名のみで店舗を切り盛りさせる「ワンオペレーション」(ワンオペ)の存在と、2月に発売された「牛すき鍋定食」の作業負担によるバイトの一斉退職である。
「ワンオペ」は防犯上の問題もある。すき家では2010年頃から強盗事件が多発し、2011年には未遂も含めると78件と、牛丼チェーンの被害総数のうち9割近くを占めていた。(『週刊ポスト』2014年6月13日号)

5月21日夜。ネット上ですき家従業員に対してストライキの呼びかけが始まる。『朝日新聞』5月30日朝刊によれば、「2ちゃんねる」に「5月29日はニクの日ということでスト決行」などの書き込みが相次ぎ「22日にはツイッターでも話題」になった、という。

だが、情報の拡散に使用されたハッシュタグ「#すき家ストライキ」のツイッターでの使用動向を「Yahoo!リアルタイム検索」で見てみると、22日20時までの投稿数は0件、20時〜23日8時の間もせいぜい25件程度である。(画像1)

翌日の5月23日。午前中から昼過ぎにかけて、ニュースサイトなどが「#すき家ストライキ」に関する記事を投稿している。主な記事と投稿時間を確認してみよう。

9時頃。ニュースサイト「秒速SUNDAY」が《すき家「鍋の乱」により29日にストライキ決行か?ツイッターで広がる》という記事を掲載し、そのURLを含むツイートを行った。

この記事では「2ちゃんねるアルバイト板」の「すき家アルバイトスレPart104」というスレッドを撮影したと思われる画像が使われている。その511番の書き込みには「今、ツイッターで5月29日にすき家を休む Twitter #すき家ストライキってのが広がってるらしい/ワンオペなどの待遇改善や、社長交代など」という文章が、他のスレッドからコピペしてきたような体裁で書かれている。(引用内の「/」は改行の代替として引用者の判断で挿入した。以下同)

511番の書き込みながされた時間は、22日20時。
ログを確認してみたところ、直後の514番の書き込みからも「>>511/twitter検索してもそんな動き見られないがどこでやってんの?」と疑問を呈されている。
なお「秒刊サンデー」の写真では514番の書き込みは写されていない。

10時頃。ブログサイト「オレ的ゲーム速報@JIN」が《【鍋の乱】すき家のアルバイト達が5月29日にストライキ決行か ツイッターで「すき家ストライキ」のハッシュタグが拡散中!》という記事を投稿。
「Yahoo!リアルタイム検索」のデータによれば、ツイッター上でこのタグの件数が急上昇したのは23日10時過ぎである。

この後も他サイトが関連記事を投稿している。
11時〜12時頃にはニュースサイト「ガジェット通信」が、14時〜15時頃には大手サイト「ハムスター速報」が、それぞれ「5月29日に“すき家”で一斉ストライキか? 『Twitter』に「#すき家ストライキ」のハッシュタグが拡散》、《すき家の奴隷アルバイト達が5月29日にストライキを起こすぞwwwwwすき家全店舗閉店の可能性が微レ存 #すき家ストライキ》という記事を掲載、タグを含むツイートを行っている。

15時30分頃、この日の「#すき家ストライキ」ハッシュタグの期間別使用件数はピークとなった。
23日全体では3531件。29日(5865件)に次ぐ数字である。(画像2)

21時30分頃、「ブラック企業被害対策弁護団」代表の佐々木亮弁護士が、《ブラック企業へのカウンターパンチ ストライキ!》という記事を「Yahoo!ニュース」に寄稿。「#すき家ストライキ」が拡散していること、労働争議の解説、組合加入の必要性などを記した。
この記事が後に日本ポータルサイト最大手である「Yahoo!」でトップニュースとして取り上げられたことにより、ツイッターの動向を注視しない層からも大きく注目を浴びることになったと考えられる。

中心人物(団体)が存在せず、具体的要求も曖昧で、参加人数や時間帯も不明であった「ストの呼びかけ」は、このようにしてネット上で拡大していった。

5月29日、「ニクの日」当日。実際にストライキは行われたのだろうか。
「朝日新聞」はこのように伝えている。
「個人で入れる労組の組合員の1人が同社工場でストをしたが、(引用者註:ゼンショーHDの)広報担当者は29日、『従業員組合から要求は来ておらず、ストライキで閉店した店はない。労働環境の改善に取り組んでいく』とした。」(30日朝刊)

個人加盟の合同労組やユニオンは各地に存在しているが、ここで「個人で入れる労組」とされているのは千葉県の「ちば合同労働組合」のことである。
『東京新聞』5月30日朝刊は、29日朝に千葉県船橋市の駅前でちば合同労組の組合員が「スト決行中」の横断幕を掲げたと報じている。

6月4日現在、営業時間の短縮や休業している店舗の画像がネットで流布しているが、以上の経緯や報道などをかんがみると、ストライキの影響とは考え難い。
結論として、大規模な「ニクの日スト」は行われなかったと考えてよいだろう。
では実行されていたとすれば、どうなっていただのろうか。

日本国憲法では、28条によって、勤労者に、団結権(=労働組合をつくる権利)、団体交渉権、団体行動権(=ストライキに代表される争議権)が保障されている。
これに由来する労組法によって、パートやアルバイトでも使用従属関係にあれば、原則的には労働組合に加入することができるし、正当な争議行為であれば損害賠償を請求されることはない。

『労働組合Q&A 第2版』(東京南部法律事務所・編/2007)によれば、通常は組合が要求を出した後、団体交渉を行い、要求が認められない場合に争議行為に入ることになるという。争議行為を行う場合は、まず要求を明確にしておかなければならない。
また、労組法5条2項8号では、ストライキを行うには組合員全員あるいは(組合員の直接無記名投票によって選出された)代議員による無記名投票による過半数の賛成がなければならないとしている。これを「スト権の確立」という。

5月30日、ちば合同労働組合はHPで以下の声明を出している。
「たった一人の、しかも工場でのストではありましたが、全国で唯一スト権を行使したストライキとして少なくない意義はあったのではないかと考えています」(「ゼンショー・すき家で働くみなさんへ」より抜粋。太字は引用者による。以下同)

『判例労働法入門(第3版)』(野田進 山下昇・編/2013)によれば、労組法上「争議行為」の正当性を判断する基準は定められていないがゆえに、「法解釈の問題として、一般に、その目的と態様(手段)の両面を中心に検討し、さらに手続きや主体の点も考慮しつつ、社会通念に照らして判断される」ことになる。

組合員の一部が組合全体の意志によらず勝手に行う「山猫スト」は、主体としての的確性を欠くものと解されれ、争議行為が正当性を有しないと判断された場合は、理論上刑事責任や民事責任に問われる可能性がある。また、違法争議行為に対して懲戒処分を科すことについては、判例・学説ともに肯定説が多数であるという。

なお、賃金は労働の対価とされているので、欠勤・ストライキ等を行った労働者に対しては、提供されない労働に対応する賃金をカットすることが認められている。(「ノーワーク・ノーペイの原則」)
仮に、組合員の一部だけがストをしたことにより、他の組合員の就労が不能となり休業した場合は、ストに入っていない組合員も賃金はおろか休業手当も得られないという判例もある。(ノースウエスト航空事件・最高裁昭和62年7月17日判決)

今回のように中心となる責任者(責任団体)が不在のまま煽動された「ストライキ」によって、仮にすき家店舗の大部分が営業できないという事態に発展したとしたら、従来の基準では何らかの法的措置が行われていた可能性は十分にあると言える。

ところで、一部では今回の騒動を「新しいタイプの労働運動」と評する向きがある。
この「新しさ」は、主にネット(なかでもソーシャルメディア)発の「争議行為」であったことに由来すると思われる。

評価された例としては、2010年代前後からのネットを利用した政治的運動が挙げられよう。日本でも東日本大震災後に行われた大規模な「反原発デモ」の動員にツイッターなどが活用されたことは有名だ。

SNSを通じて行われた最初期の運動としてよく挙げられるのは、2009年のモルドバ、イランでの抗議デモおよび民主化運動である。翌年2010年からの「アラブの春」、特に2011年のエジプトの革命などにはフェイスブックやツイッターなどが貢献した。
このような例から「ソーシャルメディアで革命が起きる」というような言説が近年よく聞かれる。

だが、ジャーナリストの津田大介は「中東で起きた革命をソーシャルメディアが起こしたというのは、半分正しく、半分間違っている」という。
「ソーシャルメディアは、それ単体で政治的な圧力になったわけではありません。広場に何百人も集まるという、民衆のデモが圧力になったのです。オンラインではなく、リアル世界での具体的な行動が社会を変えたのですね。」(『動員の革命』2012)

なお津田はこの本のなかで、ソーシャルメディアは「最初のきっかけ」となり「人の感情に訴えかけて背中を押す」機能があるとする一方で、課題としてデマや流言蜚語の発生のしやすさを挙げている。

また『デモのメディア論』(伊藤昌亮/2012)によれば、近年の「新しいデモ」は抗議活動そのものよりも、ソーシャルメディアを介したコミュニケーション(=「関係する運動」)こそが中心にある。リアル世界で仲間をつくるためには、多くの場合まわりくどい手続きや面倒なやりとりが必要だ。しかしひとつだけ、それを効率的かつ効果的に行う手段があるという。

それは「絶対的な存在」として「共通の敵」を造りだすことだ。
この手段で成立した「大きなつながり」による運動を、伊藤は「憎悪する運動」と名付ける。これが「関係する運動」に置き換わることで、主張を訴えるという目的から、敵を攻撃すること自体を目的とするように変化するという。
「いいかえれば、特定の主張を訴えながら仲間を創り出す場合よりも特定の敵を創り出して攻撃する場合のほうが運動としてははるかにわかりやすく、燃え上がりやすく、燃え広がりやすい。」

以上を踏まえて整理を試みよう。

〈「すき家ストライキ」が盛り上がった3つの仮説的理由〉

・今年に入ってから数多く見られた一時閉店中のすき家店舗。背景には「ワンオペ」という過酷かつ危険な労働実体があった。ゆえに「すき家でアルバイトがストを打つ」という噂を、多くの人が受け入れ易い傾向にあった。

・そんななか「2ちゃんねる」の一部の呼びかけをネットメディアが取り上げたことが契機となり、実際にはさほど見られなかった「#すき家ストライキ」が23日にツイッター上で拡散、既成事実化した。

・すき家を「共通の敵」とすることで、アルバイト当事者以外の少なからぬ人々の共感を呼び「憎悪する運動」を予感させた。そこに戦略的陣営、野次馬的陣営の声が重なり連鎖的に話題が広がっていった。

〈「すき家ストライキ」が実行されなかった3つの仮説的理由〉

・中心的人物(団体)が存在せず、直接的な「ストライキ」によらない支援の方法や、方針が明確に提示されなかった。さらに個人参加のコストが低いデモと異なり、法的に正当なストライキを行うことは手続きとして迂遠であった。

・ネット上では早い段階から情報の怪しさを指摘する声があり、一部で検証が行われるなど自浄作用的な働きがあった。

・そもそも、すき家アルバイトたち以外のほうが責任に問われにくいことを考えると、むしろ盛り上がっていたのは当事者らではなかった。ゆえに「敵」に対抗するエンターテイメントとして消費されるに留まり、動員力として成立しなかった。

結果として大規模なストは打たれなかった今回の騒動。
労働者の地位向上のためのストライキは、もちろん肯定する。だけれども、このようなやり方が有効かは大いに疑問だ。

NPO法人「POSSE」の理事である坂倉昇平は、今野春貴との共著『ブラック企業VSモンスター消費者』のなかで、ほとんどの消費者は労働者であるにもかかわらず過剰な要求をする「モンスタークレーマー」は自分の首を締めかねない、ということを指摘している。
彼らは安全な位置から一方的に攻撃をしかける。自身に「正当性」があることを疑わず。
実際にその脅威に晒されるのは、現場で働いている労働者たちだ。

責任の所在も、要求の具体も、なにもかもが中途半端であった。
一歩間違えばすき家の通常業務に多大な被害を与えていたかもしれない。それは、いち企業の経営方針に対する「正義」の勝利でもなんでもなく、すき家で働く労働者をいたずらに混乱させるだけに終わったであろう。

ネットメディアの末席を汚す私も含め、人々はソーシャルメディアで繋がることで、このハリボテのような「正当性」の担い手になる可能性がいつだってある。
その自覚がないとき「大衆」は「モンスター消費者」と化すのではないか。

(HK・吉岡命)