熱戦が繰り広げられている全仏オープンテニスは、現地時間の6月4日から車いすの部が始まる。世界ランキング上位の7人とワイルドカード1枠の8人のみが出場できるグランドスラム大会。注目は、何と言っても世界ランキング1位の国枝慎吾(ユニクロ)だ。パラリンピック2連覇中で、今年1月のメルボルンオープン優勝に続き、全豪オープンも単複二冠達成。世界ランク上位選手が集結した5月のジャパンオープンも制し、好調をキープしている。

 実は、ローランギャロスでは2010年に単複優勝して以来、優勝から遠ざかっている。タイトル奪取に向けて、今回は出発直前にローランギャロスと同様のレッドクレーコートを擁するNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)で合宿を行ない、現地入りした。

 全仏のクレーコートは、球速が遅くなり、ボールの弾み方が高くなるので、4大大会の中で最も波乱が起きやすく、この赤土のコートを「生き物だ」と話す選手もいる。とくに車いすの場合は、動けば動くほどコートに轍(わだち)ができ、そこに自分のタイヤがはまってしまうことがある。ターンすると車いすごと滑り、直線的に漕ぐときは重い。ローランギャロスは車いすテニスプレーヤーにとっても世界一過酷なのだ。

 そのクレーコートを得意とするのが、第2シードのステファン・ウデ(フランス)。一昨年、昨年と、決勝で国枝を破って優勝しているディフェンディングチャンピオンにして、国枝の最大のライバルだ。

「彼はスピードはないが、クレーでは他の選手も動きが遅くなるからあまり関係ない。それにクレーだと、彼の武器である高い打点から繰り出すパワーとラケットワークの上手さがより発揮できる」と国枝はウデの強さを分析する。

 全仏で勝つために、どうしたらよいのか? 国枝は、「車いすの高さを上げれば、確かに難しいバックハンドの高いボールにも対応できる。ウデのビデオを見ていて、自分も手っ取り早く車いすを上げたほうがいいのでは、と一瞬考えた」と心情を吐露する。

 一方で、低い球の処理が難しくなり、スピードも落ちるというリスクがある。丸山弘道コーチと相談し、国枝は決めた。

「やっぱり自分は走るのが好きだし、持ち味のスピードを落としてまで変える必要はないと思った。『あ、このボールを取るのか!』というのが自分のテニスだから。バランスを失わない程度に高くすることはあっても、大きくは変えないですね」

 積み重ねてきた努力と自信が、王者の背中を押す。

「こういうことを話すと、まるでクレーが苦手みたいですけど、決してそうじゃないんですよ。ハードが得意なだけなんです!」と国枝は笑う。

「確かにクレーでは、自分のフットワークの良さが失われるところがある。でも、コートを広く使うことが求められるので、横だけでなく前も使うのがクレーの戦術。そのへんは得意な方なんで。2年連続決勝で負けているけど、チャンスは十分にあると思ってますよ」

「今年は獲りに行く」その言葉に、自信がみなぎる。

 2年後のリオデジャネイロ・パラリンピックあるいはその先を見据えて、国枝が昨年末から取り組み始めていることがある。それは、両足を車いすに固定するベルトを取りはらうこと。足を自由にすることで、腰を中心に上半身と下半身の連動が機能し、より力強いショットが打てるようになるという。

 もちろん、ベルトという制約から解放された足は広がり、これまでひとつだった重心がずれてしまうため、強い体幹がないとコントロールできない。実際、2年前に一度試したときはバランスを崩したそうたが、それからさらに肉体を鍛え上げた今は、すでに自分のものにしつつある。

「ベルトを外したことで軸が作りやすくなり、今年に関してはフォアがすごく良いですね。今までは車いすごと回して打っていたところがあったけれど、今は車いすの上で身体だけで回れるような感覚。それに、少しタイミングがズレても回転が足りないとか、スピードが遅くなるということが少なくなってきて、抜け球が減りました。車いすの高さやベルトを変更するといった新しい取り組みが、クレーコートでどう反映されるのか。全仏が楽しみですね」

 丸山コーチも、「不安定の中の安定を求めるのは大変な作業です。でも今、慎吾は技術的にもメンタル的にも肉体的にも安定している。ついに、究極のステージまで来たと感じています」と実感を込めて語る。

「身体を使った取り組みだし、新たな可能性を感じる。すごく新鮮な2014年ですよ」(国枝)

 未開の領域を切りひらき続ける国枝慎吾。全仏で結果を残し、さらなる高みへと歩みを進める。

荒木美晴●文 text by Araki Miharu