5月特集 F1 セナから20年後の世界

日本人エンジニアの現在地 part1  今井弘(マクラーレン

 マクラーレン・ホンダとアイルトン・セナが活躍した時代から20年。日本のメーカーが相次いでF1から去った今でも、優秀な日本人のエンジニアたちがF1界でその能力を評価され、チームの根幹を支えている。彼らを紹介するシリーズの第1弾は、マクラーレンで活躍する今井弘。ブリヂストンから名門F1チームに加わった日本人エンジニアの戦いの舞台裏とは――。

 決勝レースが終わるとすぐに、各チームのピットガレージ裏には使い終えたばかりのタイヤが何本も積み重ねられる。簡単に清掃作業を行ない、ピレリのエンジニアがチェックをしたうえでピレリへと返却するためだ。

 そのタイヤの"壁"の横に、いつも今井弘の姿がある。

「タイヤと話をしているんです」

 ブリヂストンでF1タイヤ開発に携わっていた今井は、2009年にマクラーレンに起用されビークルダイナミクス部門、つまりタイヤを中心としたマシン運動性能に関わる部分の責任者として、レース戦略と車体開発の両面を担っている。

「タイヤが『全然ダメだよ!』と悲鳴を上げているので、『しょうがねぇな』とその文句を聞いているんです(苦笑)。我々エンジニアは走行中のタイヤを自分の目で見ることはできません。ですが、クルマから送られて来るテレメトリーデータを見ながら、頭の中で想像しながらタイヤ状況をモニターしています。走行後のタイヤの摩耗肌を見れば、走行中に何が起きていたのかを逆算することができるし、自分の頭の中のシミュレーションが正しかったかどうかを確認できるんです」

 そう言って今井は、長時間にわたってタイヤの表面をじっと見つめ、何かを考え込み、そしてまたタイヤを見るという作業を繰り返す。

 中国GPのレースを走り終えたマクラーレンのタイヤは、フロントタイヤがボロボロに摩耗して、いかにも苦しい今のチーム状況を物語っていた。フロントに厳しい上海のサーキットでは、マクラーレンの不利はいつも以上に大きくなることは今井にも分かっていた。

「我々のクルマはフロントのダウンフォースが足りていないので、いつもフロントの摩耗が楽ではないのですが、ここはさらにキツかった。もう少しダウンフォースが乗っかってくれれば楽になるんですが、今の小さな開発では全然足りない。もっと大きなものがないと厳しいですね......」

 レース現場での今井は、タイヤの扱いとマシンセットアップ、そしてレース戦略と幅広く任を負っている。

 決勝レース中は、ピットガレージ中央に据え付けられたデスクで、各ドライバー担当レースエンジニアらとともに席を並べて、前述のように走行中のマシンから常時送られて来るデータをチェック。各部門担当のデータエンジニアから報告を受けながらタイヤの状況を分析している。そのうえで、レース戦略の変更をリアルタイムで判断していくのだ。

 今井がチェックしているテレメトリーのデータは50項目にものぼり、それを元に今のタイヤで何周目くらいまで走れるかという分析を常に行なっているという。もちろん、それを2台のマシンについてほぼ同時に行なわなければならない。

「チーム内のインターコムではエンジニアが5人くらい同時に話すこともあるんですが、その中からひとつかふたつのチャンネルを選んで、ボリュームを上げて瞬時に対応する。よくそんなことができるなと思います。セッション中の今井さんは、とても近寄りがたい雰囲気ですよ」

 マクラーレンに無線システムを供給するケンウッドのエンジニアはそう語る。今井は自分のデスクに設置されたインターコム装置の通話ボタンを左右の手で忙しく操作し、他のエンジニアたちとやりとりをしている。「レース中はかなり緊迫していますね」と笑う今井の表情からは想像もできないが、戦いの最前線にいる今井の目は眼光鋭くモニターを見つめている。マクラーレンという名門チームにおいて、今井が極めて重要な存在となっていることは間違いない。

 それはレース現場だけでなく、ファクトリーにおいても同様だ。チーム組織図のなかで言えば、テクニカルディレクターとエンジニアリングディレクターという技術部門トップ2名のすぐ下で、彼らに直接報告をする立場にある。

「簡単に言えば、タイヤをどううまく使うかというところで、ブレーキであるとかサスペンションのコンセプト作りに携わっています。さらに2015年型マシンの開発も並行して進んでいて、そちらにも携わっています」

"ビークルダイナミクス部門プリンシパルエンジニア"であった今井の肩書きは、昨年から"スペシャルプロジェクツ担当プリンシパルエンジニア"へと変わった。従来のメカニカル面の開発コンセプト策定という範疇(はんちゅう)に留まらず、複数のプロジェクトに対して責任を負う立場へとさらに活動の場を広げているのだ。

「つまり、何でもやれと言うことですよ(苦笑)」

 今井は謙遜してそう言うが、マシン開発においても中核を担う人物のひとりであることは間違いない。

 これまでも曙ブレーキ工業(ブレーキシステム)やエンケイ(ホイール)、ケンウッド(無線システム)など日本のサプライヤーとの連携役を任されていた今井だが、現在では2015年のF1復帰に向けて開発を進めているホンダとの連携においても重要な役割を担うことになった。

「ホンダとのやりとりはしょっちゅうしています。数名で日本とイギリスを行ったり来たりもしていますし、テレビ会議もありますし。もちろん、いろんなプロジェクトがありますから、いろんなメンバーがあちこちで動いているわけですが。

 マクラーレンは日本のパートナー企業が多いですから、そういった企業のスタッフの人たちに微妙なニュアンスを理解してもらったりチーム側に伝えたりということが必要になってくる。そんなときには、日本人であることのメリットを感じます。チームにとってもメリットはあるでしょうね。マクラーレンの中では日本人は私だけですから、否が応でも名前は覚えてもらえますし(笑)」

 さらには、今年からマクラーレンが提携を開始したGP2(F1直下のカテゴリー)チームのARTとの技術提携も担い、伊沢拓也らドライバーにピレリタイヤの使い方の指南もしている。

 多忙を極める今井は、バーレーンGPの後は深夜のフライトで月曜朝にイギリスに戻り、そのまま出社。散髪は「日本でもイギリスでも、できる時にできるところでやります」というような生活を送っている。

 だが、東京大学在学中からモータースポーツ好きで、F1の世界で活躍することを夢見ていたという今井にとっては、願ってもない環境に身を置いていることになる。

 マクラーレンは人材登用に積極的である反面、結果が伴わなければすぐに契約を終了するという厳しい一面も持っている。そんな名門チームで、今井は長く要職を占め、それどころか次々と自らの職責を広げている。

「レースですから、やはり結果が重要視されますよね。常に結果を出し続けていかなければならないというのはたいへんです。そこに至るまでの過程で、これまでの常識とは違うようなことをやりたい時に、いかにして周囲にそれを納得させるかということも大変です。でも、それがきちんと結果に結びつけば、周りはついてくるようになりますから」

 日本を飛び出し、世界中の人々が切磋琢磨するF1の世界に生きる今井には、きっとさまざまな苦労や苦悩に直面することがあることだろう。しかし、それをチャンスと捉えて挑戦を続け、1000分の1秒でも速くマシンを走らせるために心血を注ぎ、そして結果を出す。それこそが、技術者として最上の喜びなのだ。

「F1は非常に優秀な連中が多い世界ですから、そういう連中と一緒に仕事をするのはとても面白いですよ。常に刺激を受けますし、それがまさに私がやりたいと思っていたことですから。今は楽しくて仕方がないですね」

 そう言ってピットガレージの奥へと消えていく今井の、眼鏡の奥の目がまた厳しく光った。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki