13日、東方早報は「錦織圭の活躍の陰に日本テニス界の“挙国体制”とマイケル・チャンの存在」と題した記事を掲載した。資料写真。

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2014年5月13日、東方早報は「錦織圭の活躍の陰に日本テニス界の“挙国体制”とマイケル・チャンの存在」と題した記事を掲載した。以下はその概要。

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「けがさえなければ、試合に勝つチャンスはあった」。錦織は、11日に行われたテニスのマドリードオープン男子シングルス決勝で腰痛を悪化させ、途中棄権を余儀なくされた。だが、棄権するまではクレーコートで絶対的な強さを誇るナダルを圧倒していた。錦織の世界ランクは9位に浮上し、アジア人最高ランクのパラドーン・スリチャパン(タイ)に肩を並べた。

彼自身の努力と天賦の才能のほかに、錦織をここまで飛躍させたものは何か。答えは簡単。練習拠点としている米フロリダ州のIMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミーの存在だ。IMGは2006年、錦織のために14人からなるスタッフチームを組織した。2013年後半、世界ランク11位だった錦織はさらなる飛躍を求め、コーチ変更を要請。かつての全仏王者マイケル・チャンの就任は「進化の起爆剤」となった。

「マイケル・チャンは、自分のテニススキルをより高く、より強くしてくれた。プレースタイルも似ているので、自分に何が必要かよく理解してくれる」と錦織は話す。チャンの帯同は年間20週。まだその半ばを過ぎた段階だが、巨大なエネルギーをすでに見せている。

日本男子テニス界において、錦織は「孤独な例外」ではない。最新の世界ランクでは、6人がトップ200入りしている。12年末には3人がトップ100にランクインした。往年の名選手・松岡修造の日本男子最高46位を上回るべく、日本テニス協会は「45計画」を定め、有望な若手選手を米IMGへと送り込んだ。当時13歳だった錦織は、他の日本人選手とともにIMGでトレーニングを重ねた。

「45計画」が生んだ錦織の活躍を受け、日本テニス協会は2010年、五輪での金メダル獲得を掲げた中長期目標を設定した。最終目標は16年のブラジル・リオデジャネイロだ。(翻訳・編集/NY)