2010年以来となる復活優勝を挙げたカイマーの陰にあったものとは(Photo by Kevin C CoxGetty Images)

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 プレーヤーズ選手権の最終日は最終組でともに回る29歳のマーティン・カイマー(ドイツ)と20歳のジョーダン・スピース(米国)の熱い一騎打ちが期待されていた。が、スピースは徐々に崩れ、バック9に突入するとカイマーが独走体制へ。だが、約90分の雷雨中断が、あんなにも彼のプレーに影響を与えることになろうとは、カイマーも周囲も思ってはいなかった。
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 再開後、カイマーのショットやチップは、あからさまに乱れていった。15番はグリーン左からの第3打を目の前のバンカーに落としてダブルボギー。すでにホールアウトしていた2位のジム・フューリクとの差は一気に1打差へ縮まった。パー5の16番でもグリーン左からの第3打をピンに寄せられず、平凡なパーどまり。名物ホールの17番(パー3)はティショットが池に落ちそうで落ちず、命拾いしたが、2打目のチップショットを打ち切れず、大ショート。流れはすこぶる悪かった。
 スコアを1つ落とせば、フューリックとのプレーオフ。今年から新設された3ホールに渡るプレーオフを月曜に行うことになる。2つ落とせば、圧勝のはずの勝利をみすみす逃した憐れな敗者と化す。そのプレッシャーと雷雨中断によるコンディションの変化が、終始安定していたカイマーのゴルフを突然狂わせた。
 だが、17番で複雑なスネイクラインの下りの6メートルのパーパットを見事に沈めると、18番はグリーン手前からパターで安全に寄せ、きっちりパーセーブ。崩れ落ちて敗北しそうになりながら、ぎりぎりで1打差を守り、日没寸前で勝利。“第5のメジャー”はメジャー級のドラマで幕を閉じたが、窮地に陥ったカイマーが最後まで踏ん張ることができた陰には、こんな家族愛の物語があった。
 最終日の朝。カイマーの兄から携帯メッセージが送られてきたそうだ。
 「もう僕らのお母さんはいないけど、彼女の魂は今も僕らのすぐそばにいる。今日は母の日。お母さんへの想いが込み上げるけど、マーチン、お前は頑張ってプレーしてくれよ」。
 カイマーの父親は元会社の重役だった。が、カイマーのプロ転向後は会社を辞め、息子のためのマネジメント会社を創設した。兄はカイマーのバッグを担いだ時期もある。父と兄、そして最愛の母。カイマーは家族の深い愛に支えられてゴルフをしてきた。が、大好きだった母は皮膚がんにおかされ、2008年にこの世を去った。
 2010年に全米プロを制し、メジャーチャンプになったときも、11年に世界一になったときも、その栄誉を亡き母に捧げた。ゴルフバッグには、母が大好きだったヒマワリの花を付して戦ってきた。
 だが、持ち球をドローに変えるスイング改造に着手してからは不調に陥り、世界ランクは60位台まで下降。米ツアーでは12年も13年も未勝利だった。が、スイングのメカニカルな動きを考えず、本能と感性でクラブを振ろうと心に決めてからは調子が上向き、今大会でようやく米ツアー勝利のチャンスを迎えた。
 「雷雨中断後はグリーンの状況を掴むのが少し難しかったけど、17番のパーパットが大きかった。ああいう難しいパットを肝心の場面で決めたという事実が未来への自信になる」。
 72ホール目。ウイニングパットを沈め、天を仰いだカイマーは、天国の母にどんな言葉をかけていたのだろう。テレビ中継のリポーターからマイクを向けられたときも、表彰式でも、母親のことを尋ねられたカイマーは、言葉を詰まらせながらも涙をこらえ、しっかりと想いを口にした。
 「母はいつも僕に愛情を惜しみなく見せてくれた。母が亡くなって、それは見えなくなってしまったけど、幼いころからたっぷりもらった愛情は今も十分に僕の中にある。今日は母の日。大勢の子供たちが母親に愛情を伝えてくれたらいいなと願っています」。
 十分すぎるほどたくさんの愛を母からもらったけれど、十分なお返しができないうちに母はこの世からいなくなってしまった。だから、カイマーは勝利を挙げるたびに天国の母親へ捧げているのだろう。
 「お母さん、この優勝は母の日のプレゼントだよ」。
 カイマーが気丈に涙をこらえればこらえるほど、眺める方は涙を誘われる。そんなサンデーアフタヌーンだった。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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