世界はいきなりはじまる。それがジョン・クロウリーの小説だ。前置きも説明も抜きにして見知らぬ世界がそこにある。それは「ストーリーを途中から語りだす」式のテクニックではなく、クロウリーの現実感覚なのだろう。本来、世界とは----小説内世界にかぎらず、ひとが生きる世界もまた----予告なくはじまるものなのだ。



 短篇集『古代の遺物』に収録された12篇は、発表時期も1977年から2002年までと長きにわたっており、作品傾向もSF、怪奇、前衛実験、主流文学と多彩だ(いくつかはジャンルを越境している)。なかには舞台が異世界や未来ではなく、いっけん現実と地続きに思えるものもある。しかし、世界がふいに現れることに違いはない。



 たとえば「彼女が死者に贈るもの」という作品で、年配の女性フィリッパは、親族の遺産処分のために20年以上も会っていない甥ジョンと落ちあい、クルマで相続対象の土地へ向かう。その付近にはフィリッパにもジョンにも思い出深い農場(家族が夏のあいだを過ごすための場所)があったが、それはすでに人手に渡ってしまっている。読者は詳しい経緯も知らされぬまま彼らの短い旅に同行することになるのだが、当事者のふたりとて事情はそう変わらない。フィリッパは甥がこの20年間どんな人生を過ごしてきたか知らないのだし、ジョンは自分が家族から離れて以来、叔母たちと農場になにがあったかを知らない。お互いに探るとはなしに、交わす言葉の端々から察するだけだ。やがて車中の会話は、ジョンの仕事(カトリック校の教員)の話題から、天国の概念についての議論へつながっていく。一方、空には嵐の前触れがある。物語の階調がいつのまにか翳りを帯びはじめ、過去の農場の情景がまじるにようなる。カットバックというよりも、時間のへだたりが無化されたかのような滑らかさだ。そしてショッキングなクライマックスへと至る。この作品の初出はホラー系のオリジナル・アンソロジーだが、この結末は超自然的な因果とも異常心理的な機構とも決められない。なにも不思議なことはおこっていないとも解釈できる。



 外形的にもSFの体裁をとっている作品では「消えた」が、珍しい味わいの傑作。伝統的なアイデア分類で言えばファースト・コンタクトものだが、この作品で宇宙から地球に到来するのは、エルマーと呼ばれる木偶の坊である。エルマーたちは人の家のドアベルを鳴らして、「芝刈りをしましょうか?」「ゴミを捨てましょうか?」「善意チケットはいかがですか?」などと聞いてくる。強引に家へ入ってきたりはしないが、無視してもそのまま戸の前に佇んでいる。人畜無害だが無闇にうっとうしい。善意チケットとは、アンケートのようなものだ。「空欄にチェックを入れてください/以後、愛はすべて順調/□はい」とだけあり、「いいえ」と答えようがない。エルマーはなんのために地球に来たのか? 物語の主人公はシングルマザーであるパット・ポイントン。家にやってきたエルマーの頓馬な振るまいと平行して、パット自身の心配事(別れた夫が子供たちを奪おうと狙っている)が描かれる。このコントラストが感動的な結末を迎えるのだが、この結末を予想できるひとはいないだろう。これほど意表をつくなりゆき----ふだんは眠っている感情を揺さぶり起こす展開----は、スタージョンの「孤独の円盤」以来だ。



 SFのギミックを用いて人間が抱えている情動の機微を描た作品がもうひとつ。「雪」は、亡妻の人生を記録したアーカイヴ(「パーク」と呼ばれている)を訪れた男の物語だ。パークは大容量を記録する保存プロセスに成功したが、その副産物として再生はランダムにしかできない。しかも画像は緩慢に鮮明さを失っていく。しかし、繰りかえし再生するうち、ランダムというよりもむしろ選択的にある印象へと偏るようになり、一方、鮮明さの減衰は緩慢でなく急速に進みはじめる。このあたりの展開はまさにクロウリーの魔法の筆運びであって、テクノロジーだったはずのパークがいつのまにか人間の記憶そのものへと替わってしまう。



 SFを読み慣れた読者にとって親しみやすいのは「消えた」や「雪」よりも、むしろ言語アクロバット掌篇「客体と主体の戦争」のほうだろう。まさにタイトルどおりの内容で、非常にバカらしいことを大まじめに綴っている。まず、主体には理解する力があり敵(客体)を識別・区分できる点で有利だ。かたや、客体は多様性があって、それがすさまじい勢いで増殖する点で圧倒的だ。本質的に、主体は消耗戦をおこなうしかなく、客体を区分できなければ突発的に理解力が失われ、自分が客体の地位へと成りさがってしまう。主体の希望は、きわめて強力な区分法----「一切合切」とか「今あるもの」とか「物質」とか----によって、客体を降伏させる可能性だ。クロウリーがこんな作品も書くのかとちょっと驚いたけれど「主体/客体」を「人間/世界」と読み替えてみれば、あんがいそれが彼の作品の基底にあるものかもしれない。



(牧眞司)




『古代の遺物 (未来の文学)』
 著者:ジョン・クロウリー
 出版社:国書刊行会
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