漫画家のしりあがり寿氏が紫綬褒章を受章した。面識もあるコラムニスト・オバタカズユキ氏が同氏の人間的魅力を紹介する。

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 思いつきレベルのアイデアをこの場で明かすのもナンなのだが、『カッコいい50代入門』のような本が書けたらいいな、と考えていた。ジャンルを問わず、「あの人っていい感じだよね」という50代の人々のインタビュー集をつくるのだ。

 なぜ50代なのかにすごく深い意味はないのだけれども、「現代日本において人間の本領が発揮されるのはその年代ではないか」という仮説がひとつ。そしてもうひとつ、私が今年で50歳になるので、「その心構えを先輩諸氏から教わりたい」という気持ちが企画意図にある。

 このアイデアが出てきたときに、インタビュー対象者としてまっさきに浮かんだのはマンガ家のしりあがり寿氏(56)だ。うんうん、絶妙な人選だぞ、他には誰が挙げられるかな。そう勝手に企んでいたのだが、先日、そのしりあがり氏に紫綬褒章が贈られるというニュースが流れた。

 紫綬褒章とは何か。内閣府のサイトには、授与対象は「学術、芸術上の発明、改良、創作に関して事績の著しい者」とある。紫色の褒章が天皇の名で授与されるそうだ。賞金が出たり、特権が伴ったりするわけではないが、かなりの名誉らしい。今回は、フィギュアスケートの羽生結弦氏(19)や俳優の宮本信子氏(69)など、計23人の同章授与が決まっている。

 国家に先を越されちまった! というのは冗談だとしても、ちょっと驚いた。受章の発表を受け、しりあがり氏自身も、ブログにこんな文章を載せていた。

「ビックリしました!!!
皆さんもなぜ?とお思いになるでしょうが、自分もビックリです。
恐縮というか畏れ多いというかもったいないというか。」

 読みながら、「恐縮というか畏れ多くなったのはこちらこそです」という気持ちになった。上記のようなアイデアを考えていただけでなく、しりあがり氏には、『大学図鑑!』という年刊本の表紙イラストを1999年からずっと担当してもらってきたからである。毎年春が来る前に、編集者や監修者の私の意向に沿った仕事を、たぶん厚遇とはいえない条件でお願いしてきた。国家も認める創作家に対し、もったいないというか……。

 しかし、しりあがり氏は、紫綬褒章の受章者になったから、これからは畏れ多くて仕事を頼めない、といったマンガ家ではない。そう願いたいというか、しりあがり氏はとっくの昔から偉いマンガ家だが、偉ぶるところがまるでない自然体の人なのだ。ブログの続きの文もこうなっている。

「でも、ウレシイです!!!
来年で最初の単行本を出してから30年になりますが、
もうずーっとマンガやその周りをウロウロしてて、
例えば道をはずれて藪の中を彷徨ってたような。
見つけたと思った道がいきどまりだったり、
拓いたと思った道を振り向けばだれもいなかったり、
探しているものさえ忘れてしまったり、
そんな自分の迷走をどこかから見ていてくれた人がいた、
ということがとてもウレシイです!」

 56歳にして、この率直さと軽やかさ。カッコいいでしょ!

「しりあがり寿」の存在は、2002年から連載がスタートした朝日新聞夕刊の四コママンガ『地球防衛家のヒトビト』で広く知られている。宮藤官九郎氏の映画監督デビュー作の原作『真夜中の弥次さん喜多さん』でファンになった人も多いだろう。私は、人間にとっての他者である動物を題材にした短編集『ドウブツマンガ』が大好きだ。

 でも、しりあがり氏の魅力は、それらの優れた作品単体では語れない。硬派な時事ネタをどんなに扱っても、知識人気取りの作風になんか絶対にならない柔らかさ。オーソドックスな安定感のある笑いを提供する一方で、シュールな実験作も発表し続ける意欲。そんなこんなの仕事ぶりトータルがカッコいいマンガ家だと思うのだ。

 しりあがり寿氏には、ですます調で肩の凝らない、けれども本質的なことをストレートに綴るエッセイストとしての魅力もある。

 2006年に『表現したい人のためのマンガ入門』という新書を出していて、これがいい。マンガ家志願者はもちろんのこと、何かの表現活動を仕事にしたい人の参考になる。また、自分の作品をどう「商品」として売るか、「しりあがり寿」というクリエイターをいかにマネージメントするか、という視点の自己分析もていねいになされており、企業勤めで開発部門や人事部門で働いている人にも役立つと思う。

 しりあがり氏は、美大を出て、キリンビールに就職。サラリーマンとマンガ家との二足のワラジ生活を13年間続けていたのだが、独立の際に仕事の向き合い方をずいぶん考えたそうである。そして、このような結論に行きついた。

<その結果たどりついたのは、「敷居の低い人」になって仕事は「何でも受ける」ということでした。きっと何でも受けていれば、自分がダメな分野の仕事はこなくなって、自然に仕事の幅が収斂してゆくだろう、逆にいつまでもいろんな仕事がくればそれはそれでいいじゃないか、と思うようになりました>

「なるほど!」と膝を打つ人も多いのではないだろうか。タイトルからは分かりづらいが、実はこの本、「やりたいことがわからない」という人にとってもお薦めの穴場的自己啓発書でもあるのだ。調べてみたら、まだ新品の本が流通していた。これは買いだ!

 という情報を載せさせてもらって、受章のお祝いとさせていただきたい。