4月29日に行なわれた織田記念国際陸上。男子100mの決勝には、昨年この大会で10秒01を出した桐生祥秀(東洋大)の姿はなかった。予選レースの途中で右ハムストリングに違和感を覚え様子をみていたが、休んでいるうちに違和感が大きくなったため、「決勝で無理をしてシーズンを棒に振ることになるのが怖い」と、決勝出場を自粛した。

 今年は2月8日からの日本ジュニア室内陸上大阪大会に出場し、3月には7日からポーランドのソポットで開催された世界室内陸上選手権に出場するなど、積極的に動いている桐生。4月になると13日の岩壁杯で4×100mリレーの3走で大学デビューを果たし、20日には出雲陸上100mで追い風0.6mの決勝を10秒26で優勝。「今年はまず10秒1台前半を安定して出せるようにしたい」という目標へ向けて、順調な仕上がりを見せていた。

 そして、その好調さは織田の予選でも証明された。追い風2mの中、スタートで先行されながらも中盤から伸びて、ラスト10mは流しながらも10秒10でゴールした。(公認記録)

 この結果について桐生は、「予選ではスタートで出遅れた途中で太股の裏側に違和感が出て最後は流した感じだったけど、それでもセカンドベストの10秒10だったので......。そこがなければもっと記録を伸ばせると感じました」と語った。

 一方で、今年から桐生を指導する東洋大学の土江寛裕コーチは「後半はかなりうまくスピードに乗ったが、前半の部分はまだ桐生本来のスタートになっていない」と指摘する。

 桐生自身も「スタートは元々得意ではないから、いろんな人からいろんな話を聞いて、自分に合うように当てはめようとしているところ」と言い、予選では「スタートが遅れても後半で追いつけるだろうという、マイナスな部分がでてしまった」と反省した。

 さらに桐生は後半の走りについても次のように振り返った。

「今回は出雲陸上の時よりスピードがワンランクあがったので、それに体がついて来なかったのかなと思います」

 確かに出雲陸上の走りでは、中盤からの加速部分で昨年より力を使っているように感じた。それが織田の予選では少し改善されていたが、大阪ガスの朝原宣治コーチはこう見ている。

「100mを走りきる歩数が去年より2歩多くなっていてピッチが速くなっています。(2月の)大阪室内のゆったりとした感じの走りからかなり変わって、中間の部分で脚を回している感じがしますね。まだピッチの速さに脚の動きがついていっていない感じで、動きのワンサイクルが終わりきらないうちに無理に動かしている感じがします。それで脚に負担がかかって攣(つ)ってしまったのでは......」と分析。

 今後の改善点としては、「脚の動きのサイクルが今のピッチに合うようになればストライドももう少し伸びてきて100mを走りきる歩数も減ってくる。そうなれば自然に記録も出てくるはず」と話した。

 決勝は桐生が不在だったが、ハイレベルなものとなった。

 3月に腰を痛めながらも、出場を間に合わせたという状態の山縣亮太(慶応大)が、力を抑えるような走りで10秒26の4位に。大瀬戸一馬(法政大)と九鬼巧(早稲田大)が10秒25で競り合って2位同着になった。

 そして、「去年スピードはついたが、力んだ走りになってしまっていたので、今年はリラックスした走りをするように心がけている」と話していた、200mが専門の高瀬慧(富士通)が序盤からスルスルと抜け出し優勝を飾った。記録も追い風0.7mの条件で日本歴代9位の自己ベスト10秒13を残した。

 だが、そんなハイレベルな記録にも関わらず、観客席からのどよめきは起こらなかった。

 その理由を同じ陸上界で活躍する、やり投げ界のベテラン村上幸史はこう語る。

「僕はずっと80mを超えることがすごい事だと思い、それを目指してやってきたんです。でも今はみんなのレベルが上がってきたので、観ている人の目も肥えていて、80mを超えただけでは観客席はどよめかないんです。それは選手にとってすごくプレッシャーになる事で、みんな『もっといかなければヤバイ』という気持ちになる。でもそれが一番大事なことなんですね」

 男子100mも昨年桐生が10秒01を出したことで、それと同じ状況になっているといえる。それだけ周囲が期待するレベルが高いのだ。

 大事をとって決勝を走らなかった桐生はこの後、5月11日のゴールデングランプリ国立の100mで9秒79を持つジャスティン・ガトリン(アメリカ)や9秒92のクリストフ・ルメートル(フランス)などと対決する。200mに出場する高瀬や飯塚翔太を含め、観客席をどよめかせてくれるような記録を期待したい。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi