定年後、役に立つ資格ベスト7

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再雇用も再就職も独立も、定年世代にとって条件が厳しいことは間違いない。それでも、お金もやりがいも手にした「老後の勝ち組」たちは、現役時代にどんな努力をし、どんな準備を重ねてきたのだろうか。

■現役時代に取った資格で定年後、独立できることも

資格を武器に再就職あるいは独立したい――。そう考える人は多いだろうが、資格があれば食べていけるほど、世の中甘くはない。たとえば現役時代に取得した社会保険労務士の資格を生かして開業する人は多い。成功する人は、開業の時点ですでにお客様を確保している。現役時代から人脈を築いて得意先を見つけているのだ。

いわゆる「資格マニア」「資格の持ち腐れ」で終わってしまう人と、資格を生かせる人との違いは、お客様がいなければ何も始まらないというビジネスの肝がわかっていて、計画性のある行動が取れるかどうかだ。

キャリアカウンセラーの中村卓夫氏も「再就職するにしても独立するにしても、資格が決定打になることはない」と言い切る。資格取得を目指すなら、このことを肝に銘じたうえでチャレンジしたい。

では、あまたある資格のなかで、どんな資格が定年後の職探しや独立に役立つのだろうか。

中村氏によると、弁理士、会計士、行政書士などの難関の「士資格」は組織に残るにしても独立するにしてもつぶしが利くという。「最近は離婚の調停が増え、行政書士のニーズが高まっているようです」(中村氏)。

また、語学ができる人は再雇用されやすいと述べたが、語学力を証明できるTOEICなどの資格も有望だ。シニア層の求人が多いビル管理やマンション管理の仕事に就くためには、「電気主任技術者」や「建築物環境衛生管理技術者」「マンション管理士」の資格は取っておいて損はない。

料理に興味がある人なら比較的取得しやすいのが調理師の免許だ。ビジネスパーソンでも夜間の専門学校に通いながら免許の取得を目指している人は多い。

都心の池袋にある武蔵野調理師専門学校の夜間部もその一つ。修学期間は1年6カ月。卒業すれば調理師免許が付与される。同校の大野強教務部副部長は「調理理論や栄養学をはじめ衛生法規や食品学などを学びます。学校の定期試験が国家試験に代わり、卒業と同時に申請すれば免許を取得できる」と語る。

1年半の入学金・授業料は教材費込みで約115万円だ。同校の夜間部の学生は50〜60人。うち社会人や定年退職者などが約7割を占める。

「外食産業界への転職を目指す人もいれば、定年後のセカンドステージとして起業を目的に入学する人もいます。40代以上の中高年は全体の2割弱。会社員でもいつ職を失うかわからない時代ですから、いざというときの備えとして調理師免許を持っていたいという人もいます」(大野副部長)

学校に通うことのメリットの一つは就職先の斡旋だ。大学生のように自ら何社も受けて内定を取る方式ではなく、学校推薦の形で就職先を紹介される。就職先はホテル、レストラン、個人経営の店など様々だ。

しかし、就職できても中高年にとっては厳しい現実が待ち受けている。

「この業界は修業中の“中”が取れるまでは非常に大変です。料理の技術的レベルが高いところほど、労働環境が厳しくなる。1日12〜14時間働くのは当たり前ですし、しかも自分より年下の若い人に怒鳴られながらの仕事です。サービス業なので土日も出勤しないといけませんが、そのわりに給与が低い。就職に際しては本人にも労働条件について確認を取って紹介します。ですが、実際に働いてみると、結果的に『無理でした』と辞める人も少なくありません」

給与は専門学校卒の20歳の新人で17万円程度が相場だ。これは10年、20年先の将来の成長に期待を込めた金額であり、定年前の世代は15万円ないしは店によっては10万円程度しかもらえないところもある。

しかし、ものは考えようだ。現役時代に学校に通い、定年前後に本格料理店に再就職し、2〜3年は辛い修業に耐えてその後に起業するのも夢ではない。大野副部長は「修業は早ければ早いほどよい。そこでの経験をベースに自分なりのコンセプトに合ったお店を持つことは可能です」とアドバイスする。

■開店後1年で経営の危機

実際に49歳で専門学校に入学し、開業の夢を叶えたのが飯嶋泰氏(58歳)だ。神奈川県茅ヶ崎市出身の飯嶋氏はもともとはバッテリーメーカーの工場勤務のサラリーマン。勤務先の工場が再編で閉鎖に追い込まれ、47歳のときに東京の営業部門に異動した。その頃に見たテレビ番組に刺激を受けたという。

「60歳の定年を機に、北海道の古い家を改装し、喫茶店を開業した人が紹介されていました。自分も料理をつくるのが好きでしたし、できれば定年になったら店をやりたいなと思ったのです。でもよく考えたら60になって開業するのは体力的にもきついだろうなと思い、早めに準備しようと決断。会社を辞めました」(飯嶋氏)

資格を武器にしたとしても起業は再就職以上に、気力・体力がものを言う。原材料の仕入れから経理、従業員の採用と管理に至るまで、すべてこなさなくてはいけないのだ。失敗もつきものだが、定年後の起業は極めてやり直しが利きにくい。

開業するには資金もいる。当時、会社には加算金付きの早期退職制度があり、それも飯嶋氏の背中を押した。

武蔵野調理師専門学校の夜間部に入学したのは49歳のとき。飯嶋氏が目指したのは本格フランス料理の店だった。専門学校に通う以外に、昼間は学校に紹介されたフレンチレストランで修業を積み、フランス料理教室にも通い、着々と準備を進めた。

04年9月に卒業。翌5月に藤沢市湘南台に「カフェターブルビジュー」をオープンさせた。このとき51歳。飲食店舗を居抜きで借り、改装費用や器具購入などの開業資金は約1000万円。建築設計の仕事をしていた兄に依頼し、安くあがったという。だが、脱サラしての50過ぎの開業、しかもフランス料理の店を開くことは周囲には無謀に映った。

「優秀なシェフが星の数ほどいるなかで、私がフランス料理の店を出すのが兄にはとても信じられなかったみたいで、どうせやるならラーメン屋をやれと言われました」

開店当初はお客も入り、店の経営は順調に推移した。ところがしばらくして徐々にお客が減少し始め、1年も経ずに経営危機に直面した。

克服するには料理を増やすしかないと考えた飯嶋氏は、新しいメニューづくりに奔走した。

「お客さんにおいしいと言われるものをつくるにはどうしたらいいのかを常に考え続けました。おいしい料理はないですかと専門学校にも押しかけました。先生も迷惑だったと思いますが、恥も外聞もありません。『また来たのか』と言われるくらいに厚かましく押しかけました」

新たな料理づくりに精を出す飯嶋氏を支えたのが妻のマキコさんだった。自らも仕事を持つマキコさんは、チラシの製作やホームページの開設と更新など宣伝活動を含めて全面的に支援してくれた。独立・開業で成功した多くの人が、その要因として口をそろえて指摘するのが家族の理解と協力だ。家族の反対を押し切ってまで開業してもうまくいくはずがない。

そうした努力の結果、新規のお客が徐々に増えてきた。60歳を過ぎても体力の続く限りは店を続け、「湘南台で一番おいしい店を目指して頑張りたい」と意欲を燃やしている。

企業経営を維持・発展していくには、常に新しいサービスや商品を生み出し続けるイノベーションの追求が不可欠だ。同様に飯嶋氏も自分の料理に慢心することなく貪欲に新しい料理に挑戦し続けた。大手企業に勤めて高いポジションにいた人が持ちがちなプライドや恥を捨て、頭を下げて厚かましいと言われるくらいに教えを乞う。こうした姿勢がなければ、起業に限らず、60歳を過ぎて新境地で稼ぐことなどできないのだ。

(ジャーナリスト 溝上憲文=文 武島 亨=撮影)