ベイルートの中心部で発掘されたローマ時代の遺跡

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 歴史学者トインビーは、“文明の交差路”に位置するレバノンを「宗教の博物館」と呼んだ。東地中海は人類が農耕を始めた地で、紀元前の時代から海洋民族フェニアキア人がギリシア人と覇を争い、その後はアッシリア、新バビロニア、マケドニア、エジプト、シリアなどの一部となり、ローマの支配を経てアラブ世界に飲み込まれた。人口450万人のこの小さな国は、国民のほとんどがアラブ人であるにもかかわらず、20ちかい宗教・宗派が共存しているのだ。

 このような複雑な社会では、私たちが想像すらできないようなことが起きる。

 私はレバノンの奇妙な政治制度を、安武塔馬氏の『レバノン 混迷のモザイク国家』(長崎出版)ではじめて知った。安武氏はベイルート・アメリカ大学を卒業した中東研究家で、1990年代のほとんどをパレスチナ自治区やイスラエルのテルアビブで過ごし、2000年にレバノン人の女性と結婚して07年4月まで同地で暮らしていた。この本は現在のレバノン情勢を理解する最良の入門書だ。

レバノンの宗教三権分立

 レバノンが宗教の博物館だとしても各宗派が並立しているわけではなく、社会の中核となる宗教組織はイスラム教のスンニ派とシーア派、マロン派を中心としたキリスト教各派の3つだ。マロン派は東方正教会の典礼を踏襲しつつカトリックに属する宗派で、十字軍時代のレバノン地方に両者を折衷するかたちで生まれた。それ以外ではイスラム教ドゥルーズ派が政治的影響力を保持しているが、こちらはシーア派の分派とされているものの、多くのムスリムからはイスラムではないと考えられている。

 この三派のなかでもっとも信者が多いのはキリスト教各派だが、それでも人口の3割超にしかならない。ムスリムは全体の半数を超えるが、スンニ派とシーア派はそれぞれ2割程度だ。そのうえこれは概数で、宗派対立を助長するとして1930年代以降、正式な人口調査は行なわれていない。

 レバノンでは建国以来、「三権分立」が実行されている。だがこれは私たちが馴染んでいる立法・司法・行政の三権のことではなく、宗教の主要3派に権力を分配する仕組みだ。不文律により、大統領はキリスト教マロン派、首相はスンニ派、国会議長はシーア派に国家の首脳ポストが割り当てられているのだ。レバノンの政治家は宗教によって最高位が決まっており、主要3派以外の政治家はどれほど優秀でも国家の中枢に座を占めることができない。

 主要3ポストのなかでもっとも大きな権限を持っているのは元首である大統領で、首相を指名して組閣を指示できる。だがその大統領は国会によって選出され、実務は首相の下で行なわれるのだから、レバノンの政治はこの三者が協調しないと動かないようにできている。

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