今週はこれを読め! SF編

 コルタサル! なんだ、また文学系かよと思われるかもしれないが、いやいや、コルタサルはSFですよ。こういうSFが読みたいと思って、これまでぼくは生きてきたのだよ----とまではちょっと言いすぎだけど、SF少年団(団員一名)だった中学生のぼくがコルタサルの短篇「山椒魚」に心臓を撃ち抜かれたのは事実で、それからコルタサルの名前が呪文のように響いている。その想い出は、拙著『世界文学ワンダーランド』(本の雑誌社刊です。読んでね)にも書いた。その文章でぼくはこうつづけている。





 ラテンアメリカ文学や魔術的リアリズムという、強面の枠ではなく、スタージョンやブラッドベリのとなりにコルタサルをおいてみたいのだ。アルゼンチン短篇作家ということで、先輩格のボルヘスとよく比較されるコルタサルだが、ありふれた生活世界からトワイライトゾーンへと、読者をさそいこむ手さばき、平易な文章で異様な物語を構成するセンスは、右に名をあげた異色作家たちの類縁といってよい。]





 まあ、実際のコルタサルはその創作人生においてしだいに先鋭の度を極め、やがてボルヘス以上の強面(ヤワな読者をぶっちぎってしまう)へ進化するのだけど。それはさておき、今回ようやく翻訳された『対岸』はそのコルタサルの第一短篇集(1945年刊、それ以前に詩集を上梓している)で、つまり先鋭化する前のまるまる異色短篇作家のコルタサルだ! これは嬉しい。



 先頭に収められた「吸血鬼の息子」は、吸血鬼との蠱惑的な交情の?末が語られる。ショッキングな(しかし恐怖と言い切れない、意表を突く)幕切れが鮮やか。作者名を伏せて差しだされたら「スタージョンかな? ライバーかな?」と首をひねりそう。



 その次の「大きくなる手」もスタージョンっぽい。自分の詩を貶した相手を思う存分殴りつけてスッキリしていると、その手が巨大化してしまう。物語の運びはサイコスリラーの雰囲気だが、〔(歩いていて)何かが床を引きずっているような気がしたのはその時だった〕〔指が床の上を引きずっていたのだ。十ほどの感覚が一度に脳へ流れ込み、驚きの新事実を怒りとともに叩きつける〕〔手がアフリカ象の耳のようになっている〕など、叙述が鮮烈というか、凶暴なほど奇抜というか。



「吸血鬼の息子」「大きくなる手」を含む5篇は、本書の第一部としてくくられている。「剽窃と翻訳」との章題がつけらているので、もしかすると元ネタがあるのかもしれない。アンブローズ・ビアスの有名作とそっくりなパンチラインの作品も、ここに収められている。そうビアスの有名作と言っただけでピンとくる読者もいらっしゃるはずなので、これ以上は書けませんが。しかし、"奇妙な味"愛好者は「ネタが一緒じゃん」などと騒がず、両作品を読み比べてみるとよい。コルタサルの筆の冴えがわかるはずだ。



 第二部は「ガブリエル・メドラーノの物語」と題して4篇を並べる。ガブリエル・メドラーノはこの部の最初の作品「夜の帰還」の語り手だ。目覚めたつもりで起きあがると、ベッドの上には自分の身体が横たわっている。どうやら死んだらしい。その幽体(?)のまま家の中を歩きまわり、夜の街へ出て......。意識と現実がくるりとつながる、小説空間のトポロジーがみごと。この部のほかの3篇も同趣向の文学的マジックがおこなわれているが、よほど目を凝らしていてもタネは見抜けない。いや、もちろん小説なのだから仕掛けはわかる(ああ、ここで見ている世界と見られている世界が交叉しているんだな、とか)。しかし、コルタサルの仕掛けは作品空間と滑らかに一体化しているため、何度読んでも読者はくるりとなってしまうのだ。



 第三部「天文学序説」には4篇。「天体間対称」はシュルレアリスムの寓話で、パウル・シェールバルト(『小遊星物語』『虫けらの群霊』の)を彷彿とさせる。「星の清掃部隊」はまるで稲垣足穂だし、「海洋学短講」はカルヴィーノばりのコスミコミケ。そして最後の「手の休憩所」は、またしてもスタージョン的な変態----というと語弊があるかもしれないが、異常なる憧憬が流れる----ショートショート。



 ボーナストラックとして巻末にエッセイ「短編小説の諸相」が収められている。これは真面目な(しかしコルタサル独特の観点による)文学論で、それはそれとして貴重だ。もっともこの論をいくら読んでも、コルタサルの奇妙な小説がどうやって生まれたかは全然わからないんですが。



(牧眞司)




『対岸 (フィクションのエル・ドラード)』
 著者:フリオ コルタサル
 出版社:水声社
 >>元の記事を見る



■ 関連記事
イスタンブール----旋回する物語の中心、ヨーロッパとイスラムを結ぶ臍
破滅後世界の奇妙な神話、違和感の急拡大、取り戻せない自分
宇宙的ヴィジョンと地上の欲動----両極がときに相克し、ときに併存する


■配信元
WEB本の雑誌