ドラマチック春競馬(10)
「3強物語」トーセンスターダム編

 皐月賞(4月20日/中山・芝2000m)を皮切りに、いよいよ開幕する今年の3歳牡馬クラシック。多士済々の顔ぶれがそろった中でも、ひと際輝きを放っているのが、ここまで3戦全勝のトーセンスターダム(牡3歳。父ディープインパクト、母アドマイヤキラメキ)だ。

 デビュー戦となる新馬戦(2013年10月20日/京都・芝1800m)を快勝すると、続く京都2歳S(11月23日/京都・芝2000m)では、スタートで出遅れながらも、上がり3ハロン(600m)33秒6の末脚で追い込んで勝利。そして3戦目のGIIIきさらぎ賞(2月9日/京都・芝1800m)でも、前2戦を逃げて圧勝してきたバンドワゴン(牡3歳)を、ゴール前できっちりとかわして3連勝を飾った。まさに順風満帆に、キャリアを積み上げてきた。

 トーセンスターダムが初めて注目を集めたのは、今から2年前のこと。2012年に開催された競走馬のセリ市「セレクトセール」で、2億5000万円の高値がついたときだった。これほどの高額馬を購入したのは、島川隆哉氏。「トーセン」の冠名で知られる馬主だ。

 島川氏といえば、良血馬を度々高値で落札するオーナーとしても有名。ほとんどの年のセレクトセールで、億を超える馬を落札しており、なかでも2002年に購入したトーセンダンス(父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ。姉にダンスパートナーやダンスインザムード、兄にダンスインザダークなど、多数のGI馬がいる)は、3億3500万円という破格の金額だった。この落札額は、当時の当歳馬(0歳)における世界レコード(現在の最高落札額は、2006年に落札された「トゥザヴィクトリーの2006」の6億円。父キングカメハメハ)。トーセンスターダムも、そんな島川氏が落札した高額馬の一頭である。

 良血馬の馬主としてお馴染みの島川氏には、もうひとつの「顔」がある。それは、「オーナーブリーダー」としての一面だ。

 オーナーブリーダーとは、自らサラブレッドの生産を牧場で行ない、その生産馬の馬主となって、デビューから引退までの面倒をみることを言う。さらには、現役を引退した所有馬を、種牡馬や繁殖牝馬として自分の牧場に帰し、その子どもをまた競走馬として育てていくことも可能だ。

 1997年に馬主となった島川氏が、オーナーブリーダーとしての一歩を踏み出したのは2006年。北海道日高町にエスティファームを開場したのが始まりだった。同氏が牧場を作った理由について、エスティファームの取締役場長・田邊誠一氏はこう語った。

「もともとは『引退した馬たちの居場所を作りたい』という考えで作られました。オーナーは、所有馬を引退後も大事にしたいという気持ちが強いので。所有馬の余生を考えるうえで、すべての馬とはいかずとも、少しでも多くの馬の居場所を作れれば、という思いで開場したようです」

 現役時代に大レースを勝った競走馬は、牡馬なら種牡馬、牝馬なら繁殖牝馬として引退後に第2のステージが用意される。しかし、これらはほんのひと握りで、それ以外の馬はどんな余生を過ごせるか、一概に言えない現実がある。そこで、所有馬の余生のための場所として作られたのが、エスティファームだった。

 実際、現在のエスティファームには、トーセンファントムやトーセンロッキー、トーセンロレンスなど、必ずしも現役時代に実績を残せなかった馬たちが、種牡馬として繋養されている。牝馬についても、「現役を引退するときは、まず繁殖牝馬としてエスティファームに残せるか、オーナーと話し合っています」(田邊氏)とのことで、「トーセン」の名がついた馬たちが数多くいる。

 その他、2010年に重賞の中山記念を制したトーセンクラウンなども、功労馬(種牡馬・繁殖牝馬ではなく、引退後の余生を送る馬のこと)としてエスティファームで過ごしている。

 このように、最初は「余生」を考えて作られたエスティファームだが、近年は規模を一気に拡大し、強い馬作りも目指し始めた。背景には、島川氏が「自分たちの手で強い馬を作り、最初から最後まで面倒を見たい」と考え始めたことが、きっかけにあったようだ。その結果、頭数は大きく増え、牧場の成績(生産馬の年間収得賞金の合計)も、2011年は100位以下だったのが、2012年には45位、2013年は30位にまで上がっている。

「開場当初は30ヘクタールほどの牧場でしたが、今は250ヘクタール(およそ東京ドーム53個分)を超える広さとなりました。繁殖牝馬はオーナー所有の引退馬だけでなく、最近はセリ市などでも買っています。その結果、現在は年に60〜70頭ほど生産するようになりましたね。そうした環境ですから、現在はオーナーと毎日電話をしながら、仔馬の状態や牧場の状況を報告していますよ」(田邊氏)

 夏の間は、エスティファームの近くに島川氏が宿泊し、生産馬の様子をチェック。そのうえで、他の牧場にも顔を出して、いい馬がいないか探しているという。また、エスティファームの他に、千葉県香取市には、現役の競走馬やデビュー前の馬がトレーニングを行なえるエスティホースパークを開設。島川氏の"馬好き"はとどまることを知らない。

 それほど競馬に熱中する島川氏だが、これまではなかなかクラシックのタイトルを手に入れることができなかった。しかし今年、その栄冠にもっとも近づいている。きっと島川氏の胸中には、期するものがあるはずだ。

 田邊氏も同様で、トーセンスターダムはエスティファームの生産馬ではないものの、同馬への思い入れは相当に強い。

「普段オーナーが馬を買うときは、基本的に私たちと見ながら選んでいきます。トーセンスターダムも、セレクトセールの前の下見のときからオーナーと一緒にチェックしていた馬でした。私もその頃から素質を感じていましたし、一緒に見た馬ですから、生産馬と同じように愛着があります」

 島川氏の所有馬では、2012年にトーセンホマレボシが日本ダービーで3着に入線している。同馬は"穴馬"の存在ながら健闘したが、今年はトーセンスターダムが世代の"主役"として皐月賞、日本ダービーのクラシック戦線に乗り込む。

「ホマレボシのときも期待していましたが、やはりクラシックはいろいろなものが噛み合わないと獲れないタイトル。もちろん、いつか牧場の生産馬であの舞台に行ければ理想的ですが、そう簡単なものではありません。ですから、なんとかスターダムにはがんばってもらいたいと思っています」(田邊氏)

 競走馬に関わるすべての人々が憧れる3歳クラシックのタイトル。無傷の3連勝で歩んできた島川氏の愛馬は、そのタイトルをつかむことができるだろうか。オーナーやエスティファームの人々の期待を乗せて、トーセンスターダムがクラシックの舞台を駆ける。

河合力●文 text by Kawai Chikara