4月10日から13日まで行なわれた日本選手権水泳競技大会は、今年も萩野公介の大会になった。2012年ロンドン五輪の男子400m個人メドレーで銅メダルを獲得した萩野は、昨年のこの大会で5冠を達成。今年も6種目に出場すると、背泳ぎは100m、200mとも2位で優勝種目は昨年よりひとつ減ったが、400m自由形と200m個人メドレーでは日本記録を樹立。400m個人メドレー以外は自己ベストを更新した。

萩野公介 日本選手権水泳競技大会 成績
4月10日 400m個人メドレー/優勝/4:07.88
4月11日 200m自由形/優勝/1:45.89(自己ベスト)
100m背泳ぎ/2位/53.08(自己ベスト)
4月12日 400m自由形/優勝/3:43.90(日本新)
200m個人メドレー/優勝/1:55.38(日本新)
4月13日 200m背泳ぎ/2位/1:54.23(自己ベスト)

「400m個人メドレーの最後の自由形で失速してしまったのが一番悔しいですね。初日にそれがあったけど、去年に比べれば4日間通して力を出し切ることが少しはできたと思うので、そこは成長できたところだと思います」

 今年の萩野はバタフライの強化に重点を置いてきた。その成果が初日の400m個人メドレーでさっそく表れ、最初の100mは自身の持つ日本記録より0秒87速いペースの55秒45。だがそこで力を使い過ぎたため、最後の自由形では「自分が何をしているのかわからないくらいになってしまった」という泳ぎでタイムを落とし、日本記録に0秒27届かなかった(4分7秒88)。

 彼が目標にしていた記録は、ロンドン五輪のライアン・ロクテ(アメリカ)の優勝タイムの4分5秒18前後。「バタフライであのくらいの泳ぎをしなければ、海外の選手にはついていけない。あの泳ぎを続けたうえで、後半の平泳ぎや自由形を強化できるようにしたい」という。

 それは1分55秒38の日本記録を出した200m個人メドレーでも同じだ。世界記録はロクテの1分54秒00で、昨年の7月の世界選手権のロクテの優勝タイムは1分54秒98。萩野がターゲットにするタイムはそのレベルなのだ。

「今年の目標は個人メドレーで絶対的な力をつける事ですが、多種目にも挑戦していきたい。自由形では400mで3分43秒90(日本新)を出しましたけど、オーストラリアには同じくらいのタイムで泳いでいる選手がいますし、中国には去年の世界選手権を3分41秒59で優勝した孫楊もいる。8月のパンパシフィック選手権や9月のアジア大会は自分が納得できる泳ぎをするのが目標です。変な泳ぎをして負ければ悔しさが残るので、それがないようにしたいですね」

 萩野の目標は、あくまでも個人メドレーで世界のトップになることだが、マイケル・フェルプスやライアン・ロクテは、メドレー以外の種目でも金メダルを獲得している。指導する平井伯昌(のりまさ)コーチは「背泳ぎでいえばスタートやターンなど、その種目のトップを狙うとなれば細かい技術をもう少し突き詰めていかなければいけない」と課題を指摘する。萩野はそれを理解したうえで、個人メドレーで世界最強になるために、背泳ぎや自由形でトップになることも必要な条件と考えているのだ。

 そして、萩野のそんな取り組みが、他の選手にも刺激を与え、競泳ニッポンのレベルをアップさせているのも事実だ。今回の日本選手権で、その象徴ともいえたのが背泳ぎの入江陵介の進化だろう。

 ロンドン五輪100m背泳ぎで銅、200mで銀メダルを獲得した入江は、昨年4月の日本選手権では100m背泳ぎで萩野に敗れ、200mは辛勝。世界選手権では2種目とも4位でメダルを逃し、一時は引退を口にするほど落ち込んでいた。さらに、昨年9月にはヘルニアを発症し、今年1月までターンやバサロキックの練習を制限する状態が続いていた。

 それでも入江は、「自分はまだ水泳を続けるしかない」と思い、リオデジャネイロ五輪を目標に定めた。さらに、今回の日本選手権では、これまでのような消極的なレース運びは影を潜め、100mでは前半からテンポの速い泳ぎで萩野をリード。後半も他を寄せつけず、2位の萩野に0秒51差をつけて優勝した。記録は52秒57。これは、昨年の世界選手権の優勝タイムを0秒36上回るものだ。さらに2位の萩野の記録、53秒08は昨年の世界選手権の2位に相当する高いレベルでの戦いだった。

 そして、最終日の背泳ぎ200mで、入江は150mまで自身の日本記録とほぼ同じラップタイムで通過し、昨年の世界選手権2位に相当する1分53秒91で優勝。国内に萩野という強力なライバルが登場したことで、入江の気持ちにやっと火がついたといえる。

「ケガで泳げない時期が長かったので、今は本当に楽しく泳げているし、スピードの出し方がわかるようになったのが良くなったところだと思います。200mでは連覇を意識して最後の50mはバタついてしまったけど、そこを直せばもっと記録を伸ばせると思います。僕の持っている日本記録は100mも200mも高速水着(が許可されていたころ)の09年のもので、ここ最近は『今の水着のベストを』と考えて、その記録から目を背けているところもありました。でもやっと、自分の記録と向き合えるようになってきました」(入江)

 また、昨年の世界選手権400m個人メドレーで優勝した瀬戸大也は、小学生時代から萩野を意識し続け、刺激を与え合っている選手。彼も萩野と同じように多種目への挑戦を始め、昨年の日本選手権でも個人メドレー2種目の他、200m自由形と200m平泳ぎ、200mバタフライに出場していた。

 瀬戸は今年、200m個人メドレーでは2位の藤森太将に0秒15負けて代表入りを逃したが、200mバタフライで初優勝。200m自由形でも4位に入ってリレーでの代表入りを決めた。さらに「去年の世界選手権の800mリレーで予選に使ってもらい、個人メドレーとは違う、日本代表としてリレーを泳ぐ事の誇りを感じた。だからリオ五輪までにスプリントを強化して、メドレーリレーでも代表になりたい」と意欲を口にしており、同世代の萩野を目標にすることで、世界がハッキリと見えてきたようだ。

 200mバタフライでは、萩野や瀬戸と同学年の平井健太も、派遣標準記録を破って2位になり代表入りを決めた。また、同じく彼らと同学年で、今回代表内定を逃した平泳ぎの山口観弘(平泳ぎ200m世界記録保持者)も、6月のジャパンオープンでの巻き返しを図る。

 萩野の成長に刺激を受けた同世代だけでなく、ベテランも進化していき、萩野の活躍が日本競泳界全体にインパクトを与えていく。そんな「萩野効果」とでも言うべき構図がリオデジャネイロ五輪まで続きそうな気配だ。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi