坂上忍が「バイキング」司会のオファーを受ける決断の裏には何があったのか? 10代、20代の赤面過去と坂上忍を変えた島田紳助の言葉を明かす

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11日放送の「バナナマンの決断までのカウントダウン」(フジテレビ系)で、坂上忍の過去が明かされた。

同番組は、バナナマンを司会に、ゲストのさまざまな決断の裏にある背景や過去を振り返るというもの。この日は、「坂上忍がお昼の番組の司会をやる決断までのカウントダウン」と題して、5歳で子役デビューし、毒舌俳優として知られる坂上が、お昼のバラエティ番組の司会を決断するまでの過去を振り返った。

まず、明かされたのは30年前に坂上が「O・Z・O・N・E」という名のバンドでロック歌手をしていた時代の過去。当時16歳の坂上は「キレキレ」で、マネージャーにサングラスを外すよう注意されると反抗し、走行中の車から飛び降り逃走するなど、突飛な行動をとっていたようだ。

再現VTRとともに「O・Z・O・N・E」の歌詞が何度もリピートされ、坂上もさすがに赤面していた。

その後、歌手の才能がないことに気づき、バラエティ番組にも出演するようになるが、当初は出演している番組のノリについていけないことが多かったようだ。坂上が過去に出演した「クイズ!年の差なんて」の実際の映像が流れたが、大騒ぎする他の出演者たちを横目に坂上はぶ然とした表情している。番組に出演しても一言も喋らなかったこともあるようだ。

そんな坂上は、23年前、島田紳助が司会を務める「CLUB紳助」を何気なく観ていたところ、島田の「番組に出てただ座っている奴が許せへん。出たくても出れない奴がいっぱいいるのに」という言葉に大きな衝撃を受ける。当時の坂上は、まるで自分のことを言っているように聞こえたのだという。

これをきっかけに、バラエティ番組でも毒舌を吐くなど、積極的に話すようになった坂上は、昨年、テレビ番組出演が178本となるなど大ブレイクした。

「笑っていいとも!」の後番組「バイキング」司会のオファーが来た時、坂上は迷ったというが、ちょうどそのとき対談した大竹まことに「俺たちはその時呼ばれたところが自分の居場所になるんだよ」と言われ、オファーを受ける決断をしたという。

「バイキング」制作記者発表で「楽しくみんなとやらせていただけたら」と話す坂上のVTRが流されたが、10代、20代の頃とのあまりの変わりように司会のバナナマンらも驚きの声をあげていた。

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