今週はこれを読め! ミステリー編

 緊密な文章、本当にそれ以外言うことがない。

 テリー・ホワイト『真夜中の相棒』のプロローグのことだ。「淡いブルーのBMWが、ほとんど音もなく裏通りをすべるようにやってくると、最後にこぢんまりとした煉瓦造りのアパートの建物の裏に停まった」と、この小説は始まる。BMWの助手席から「すべり降りた」のはジョニーという青年だ。「なぜか何もかもが一新されたように」さわやかな朝を満喫するかのように彼は「歩きながら二度深く息を吸い、静かな喜びに見たされて微笑」む。ポケットから取り出した金属片でドアをこじあけると、ジョニーはあるアパートの中に滑り込む。日曜日の朝だ。建物の中は森閑としている。

----なぜかだれも目玉焼きと漫画新聞を消費しながら、こんなときに不愉快なことがもち上がることなど予想もしていないらしい。

 というのはジョニーの脳裏をかすめた言葉だろうか。これが入るのがいい。とてもいい。

 やがて廊下の奥の十一号室の前に立ったジョニーはドアをノックする。それに応えて出てきたのは「真っ赤な絹のローブをはおって黒いエナメル革のスリッパを突っかけた、まるまると太った白髪頭の男」だ。何が起きるのかを把握させる暇もなくジョニーはその男を撃つ。室内にはもう一人男がいた。事前の情報にはなかったことだ。ジョニーはその男も撃つ。

 ここまで3ページも使っていない。完璧な小説の滑り出しであることはわかるだろう。しかしその後はもっといい。車に戻ったジョニーを迎えるのはマック、彼の相棒だ。犯罪小説史に残る会話がそこで行われる。

----ようやくジョニーが体をまっすぐにした。それから色つきのパイロット用眼鏡を外し、くしゃくしゃのティシューで拭きはじめた。「僕が何を欲しがっているのかわかりますか?」彼が夢見るように訊いた。
 ハンドルを握ったマックの手から緊張が解けた。「何が欲しいんだ?」
「ストロベリーのアイスクリーム・コーン」眼鏡をかけ直し、几帳面に鼻の上にのせると、ジョニーはレンズごしにマックを見た。「いいですか?」
「ああ、こんなに早く開いている店があったらな」

 そして2人はやるべきことをしに行く。ストロベリーのアイスクリーム・コーンを買いに行くのだ。二人の男を撃ち殺した後に買いに行く60セントのストロベリーのアイスクリーム・コーン。

 私がこの小説についてわざわざ付け加えることは何もない。以上のプロローグの紹介を読んで心に期すものがある方はぜひ読んでもらいたい。これは他に誰もいない、目の前にいる相棒以外に求めてくれる人がいない二人を哀しく描いた犯罪小説だ。ジョニーは天才的な腕前を持つ殺し屋だが、うまく世の中と向き合うことができない心の持ち主である。マックはそんな彼を愛し、自分が護らなければと考えている。この二人のチームは最強であるはずだった。しかし、この日曜日の朝、すべてが狂い始めてしまう。部屋の中にパパガロス----真っ赤な絹のローブをはおった男----以外にもう一人がいて、ジョニーが彼も撃ったからだ。しかしそれは、決して殺してはいけない相手だったのだ。

 本書は一九八四年に刊行された文庫の、三十年ぶりの復刊である。作者のテリー・ホワイトは、本書でデビューを果たした。アメリカ探偵作家クラブ最優秀ペーパーバック賞の受賞作である。ホワイトはこの他に5作が翻訳されている。孤独な魂の持ち主が主人公を務めること、手触りはひんやりとして、まるで氷を思わせるものであること、などの共通点がどの作品にもある(詳しくは池上冬樹による委細を尽くした解説を参照のこと)。

 本書の主人公ジョニーとマックはヴェトナム戦争帰りであり、その体験が二人を結びつけた。1980年代にはヴェトナム体験が社会的病理として影を落とした作品が多く書かれたが、その一作である。自らに咎はないのに、戦争のような残酷な運命によってまっとうな人生から弾きだされてしまった人々をホワイトは登場人物として描く。彼らは肩を寄せ合って生きていくしかない。周囲には理解されない。世界は冷たく、残酷なのである。だからこそ相棒が、友が必要になる。

 主人公二人が同性愛者であることは早々と明かされる。そうした小説があまり世に出ていない時期に翻訳された作品でもあった。30年前よりも現在のほうが、届くべき読者に届くのではないか。たまらない孤独を抱えている、あなたへ。

(杉江松恋)



『真夜中の相棒〈新装版〉 (文春文庫)』
 著者:テリー ホワイト
 出版社:文藝春秋
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