6日、大田区総合体育館(東京)で、ボクシングのWタイトルマッチが行なわれた。WBC世界フライ級王者・八重樫東が3度目の防衛に成功しベルトを堅守すると、日本最速プロ6戦目で世界挑戦となった井上尚弥は、WBC世界ライトフライ級のベルトを奪取。

 そして、この日、もう一本のベルトが元ボクサーに授与された。

 1966年、静岡県で起きた強盗殺人事件で48年間拘置。死刑判決が確定しながらも無実を訴え続け、先月27日、静岡地裁の再審開始決定を受け釈放された元プロボクサー袴田巌さん(78)に、WBC(世界ボクシング評議会)は"名誉チャンピオンベルト"を贈呈した。

 袴田さんは都内の病院に入院中のため、姉の秀子さん(81)が代理でマウリシオ・スライマンWBC会長から、通常のチャンピオンベルトと同じ仕様の緑のベルトを受け取る。WBCは過去、映画『ザ・ハリケーン』でも話題になった、元ボクサー、ルービン・カーター氏に同ベルトを授与した例がある。カーター氏は米国で殺人事件の犯人とされ、19年の獄中生活後に無罪となっている。

 スライマン会長から、「私たちの名誉チャンピオン、袴田さんに自由を」とベルトを手渡されると、秀子さんは、「ボクシング界には、本当にお世話になりました。みなさんのおかげです」と挨拶。ベルトを頭上に掲げ、四方に深々とお辞儀をすると、会場からは大きな拍手が湧いた。

 元プロボクサーの袴田さんのプロキャリアは、29戦16勝(1KO)10敗3分。最高位は日本フェザー級6位。年間19試合という、年間最多試合数の日本記録を今も持つ。派手さこそないものの、粘り強さが身上のボクサーだったという。

 袴田さんの逮捕間もないころから、「ボクサーくずれの犯行」という偏見に基づく捜査が行なわれたのではないかと、ボクシング界は反発。ボクシング評論家・郡司信夫(故人)を中心に支援を開始した。2004年からは、日本プロボクシング協会の新田渉世事務局長が支援の中心となり、06年には協会に元世界チャンピオンの輪島功一を委員長とする、袴田巌支援委員会を設立。また、2008年の北海道洞爺湖サミットで各国外交官へ働き掛けるなどの活動を行ない、後楽園ホールには"袴田シート"を設置。再審開始に向けたアピールを続けてきた。

 秀子さんは、「闘いは続きます」と語りながらも、両手に抱えるベルトを見つめ、「重いですね。早く巌に見せたい。喜んでくれると思う。どんな顔をしますかね」と笑顔を見せた。

水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro