黒田の目に映った田中の「柔軟性」

 最高の見本が、いつも隣にいる。メジャー1年目の田中将大にとって、黒田博樹の存在ほど心強いものはないだろう。2008年に海を渡った右腕は、ドジャース、そしてヤンキースとメジャーを代表する名門球団で確固たる地位を築いてきた。昨季終了後、ヤンキースはワールドシリーズ制覇に向けて必要不可欠な戦力として、真っ先に残留オファーを出すなど、安定感抜群のベテランに対しての米国での評価は極めて高い。

 そんな男の目に、鳴り物入りで入団してきた田中はどう映っているのか。黒田と田中が初めて顔を合わせ、話をしたのは、ヤンキースのバッテリー組のREPORT DAYと呼ばれる集合日。身体検査の合間に顔を合わせ、ほんの数分間だけ言葉を交わした。それまでは、ヤンキース入団が決まった直後に田中が黒田に電話で連絡をして、あいさつをしただけだったという。つまり、ほとんど面識がなかったことになる。

 黒田が最初に田中に感じたのは、25歳とは思えない、堂々たる立ち振る舞いだ。キャンプ当初、田中は1つ1つの練習に戸惑いを見せ、右往左往しながら先輩の背中を追いかけることが多かった。ただ、そんな姿を近くで見ていても、黒田にはその芯の強さが見えていたという。

「落ち着いてるし、周りに振り回されない、惑わされない強さを持っている。現時点ではそういう印象を受けますね。しっかり落ち着いて、自分のペースでできていると思いますし、違和感なくやれているんじゃないかなと思います」

日本とメジャーとの壁を乗り越えてきた黒田

 ただ、田中の本当の凄さは、この一面とは正反対の部分も持ち合わせていることだ。黒田が感心するのは、その「柔軟性」。日本と米国では野球のトレーニングに対する考え方が大きく違うが、海を渡っても自分のやり方を貫こうとして、球団のスタッフらに不信感を持たれる投手は多い。投げ込みの有無は、その最たる例と言えるだろう。肩は消耗品とされているメジャーで投げ込みをしたいと申し出れば、反感を買う。

 ただ、日本で育ってきた投手が、投げ込みをしないことで不安を感じるという「性」も責めることはできない。これは実績のあるピッチャーが米国で最初にぶち当たる壁であり、両者の間に隔たりができれば、ことあるごとに衝突が生まれてしまう。このことが原因で、メジャーでは力を発揮できないままに日本に戻るという悲しいケースは後を絶たない。

 この壁を見事に乗り越え、成功を収めたのが黒田だ。渡米当初からメジャー流の調整法を受け入れ、その中で最高の自分を作りあげていく努力を重ねてきた。現時点では、田中も黒田と同様に球団から与えられたメニューをこなし、調整を続けている。

「僕はこっちのことは何もわからないので、チームから与えられた練習をやっているだけです。その中でしっかりと考えながらやっています」という言葉からは、必要以上に自分の考えを貫かず、メジャーに適応しようとする意思が伝わってくる。黒田は、これこそが田中がメジャーでも好成績を残すための鍵になると見ている。

「彼はこっちのトレーニングを受け入れようとしている」

「柔軟性があって、日本ではある程度の結果を残してきたけれど、こっちではまた1からという気持ちも彼なりにあるんじゃないかなと思います。そういう部分で、調整法とか、練習1つにしても、こっちのやり方を受け入れる姿勢は、周りから評価をされるんじゃないかな」

 もちろん、これにはバランスが必要だ。メジャーのやり方を受け入れるからといって、日本で昨季、24勝無敗、防御率1.27の圧倒的な成績を残した男が、そのすべてを捨てることはナンセンスだろう。黒田自身も、渡米1年目の苦労を振り返り「周りに惑わされないことが大切」としている。

 つまり、重要なのは「適応」と「信念」の融合。田中にはその感覚があると見ている。

「今まで自分のやってきた部分、曲げてはいけない部分っていうは当然あると思うし、その自信は持たないといけない。でも、まずはこっちのやり方を受け入れて、それにトライしてみないと、こっちの人は今度、自分が彼らに何かを要望したときとか、何かアドバイスを求めたときには、何か答えが返ってくるのはなかなか難しいと思う。

 彼に柔軟性があるのはそういうところで、まずはこっちのトレーニングのすべてを受け入れようとしている。こっちのコーチ、監督を含めて好感を持たれるというのは、そういうことだと思います」