浦和レッズというクラブは、これまで多くのタイトルを取ってきたわけではない。リーグ優勝はまだ1回。2007年にACLを制してアジアチャンピオンにもなったが、それ以降タイトルから遠ざかっている。ここ数年、「タイトルが欲しい」というサポーターの思いも非常に強い。それに応えるためにどうするかをクラブも考え、今の体制になっていると思う。

 浦和は、2000年に一度J2に落ちて、翌年J1に復帰。そこから優勝するクラブに成長して(06年)、アジアの頂点にも立った。だが当時、ホルガー・オジェック監督のサッカーが、カウンターと個人能力で打開するスタイルで面白くないと批判されたこともあり、内容を求める傾向が次第に強くなっていった。その後、フォルカー・フィンケ監督(2009-2010)、ゼリコ・ペトロビッチ監督(2011)と、パスをつないで組織を重視する監督を招聘し、結果と内容の両方を目指した。しかし、結果が出ないまま、現在のミハイロ・ペトロビッチ監督が2012年に就任。今シーズン、優勝という結果が期待されている。

 ペトロビッチ監督のサッカーは非常に独特で、世界的にあまり類を見ないスタイル。浦和であのサッカーが続いていくのかどうか。そういう意味でも、ペトロビッチ体制3年目は、非常に興味深い。

 ペトロビッチ監督は優勝こそできていないが、浦和で非常にいい実績を積み上げていると私は思う。低迷していた浦和を、優勝争いに加わる上位に引き上げたことは間違いない。十分評価に値すると思う。

 チームも毎年、ペトロビッチ体制で優勝という結果を残すために、監督の意向を汲んで、監督の広島時代の教え子を獲得している(2014年西川周作李忠成、2013年森脇良太、2012年槙野智章)。

 問題は、そのメリット、デメリット、どちらが大きいかということだ。

 メリットとしては、ペトロビッチ監督のサッカーを理解している選手を連れてきたほうが、早く結果が出やすいということがあるだろう。育成して教え込んでいくより、自分のスタイルを熟知している選手の獲得を監督が要望するのは当然の流れ。優勝するためのアプローチとして間違っていない。ペトロビッチ監督がより結果を出せる環境を作り上げることができているといえる。

 ただし、ペトロビッチ監督がピッチでやることと、クラブがやることを、ある程度分けなくてはいけないだろう。毎年、元広島の選手が増えていくことで、「浦和レッズサンフレッチェ広島になっていいのか」という論争も避けられないからだ。

「広島から来た監督と選手が、ユニフォームを浦和に着替えて広島時代と同じサッカーをやっているだけじゃないか」と言われてしまうような状況は、デメリットといえる。ずっと浦和を応援しているサポーターが、「このクラブを応援していこう」という気持ちになるのか。「サンフレッズ」と揶揄(やゆ)する人がいることもひとつの側面として受け止めなくていけない。サポーターはどこか冷めた感じになってしまうのではないだろうか。

 当然、目標はチームが優勝することだが、果たして今の「広島化」は浦和にとっていいことなのか。数年前まで広島にいた選手、つまり広島時代のペトロビッチ監督の指導を受けていた選手が、今季は合計5人になった(西川周作李忠成森脇良太槙野智章柏木陽介)。浦和生え抜きの原口元気や、広島以外のクラブから移籍してきた永田充、阿部勇樹、梅崎司、興梠慎三らもいるとはいえ、現在の浦和の「広島色」の濃さは否定できない。私の意見としては、それは必ずしもいいとは思わない。浦和レッズというクラブが何ものなのか、そのアイデンティティが見えにくくなっているからだ。

 もちろん、広島はリーグ連覇を達成した素晴らしいクラブで、森保一監督の手腕も高く評価されるべき。だが、だからといって浦和が広島を目指す必要性があるのか疑問に思うところがある。

 浦和には、これまでのクラブの歴史があり、その伝統をどう作っていくかということは、プロサッカークラブにとって大切なこと。ヨーロッパのクラブ、とくにビッグクラブであれば、「特定のクラブから毎年選手を獲得し続けるのは、クラブのためによくないのでは?」と言う幹部やスタッフが必ずいるのではないかと思う。

 たとえば、ミランが、セリエAを連覇中のユベントスから毎年毎年選手を引き抜いていったとしたら、ミラニスタがそれをどう感じるか。そして、監督も含めて、ミランの先発の半分近くが元ユベントスの選手になったらどうだろうか。それは、プライドという次元の話でなく、クラブとしてのアイデンティティの問題になってくると思う。

 クラブにとってもっとも重要なものは、フィロソフィーやアイデンティティだと私は思っている。「魂」とでも言うべきだろうか。サッカーの戦術やスタイルの話ではない。結果を求めるのはもちろん重要だが、「結果さえ出ればそれでいい」で片づけるべきではない。

 監督として、自分のスタイルで結果を残すために、自分が以前指導していた選手を獲得することは、非常に正しい判断だ。しかし、1試合でも大敗することがあったら、その途端に監督にも選手にもすごいプレッシャーがかかってくるはずで、今年のプレッシャーは昨年の比ではないだろう。とくに広島から移籍してきた選手にはかなりのプレッシャーがかかる。

 ペトロビッチ監督は、優勝するために2012年に浦和の監督に就任した。しかしその年、森保監督の指揮の下、広島がJ1で優勝した。その優勝は、ペトロビッチ監督が築いたベースがあったからと言われていた。そして昨年、広島は連覇を達成した。浦和は、またも広島の後塵を拝することになった。

 結果として、ペトロビッチ監督の采配能力に疑問符がつくようになってしまった。また、優勝するために浦和に来たペトロビッチ監督がタイトルを取れないでいるため、浦和に移籍してきた元広島の選手たちは、広島が優勝したことを非常に気にしているだろう。だからこそ、「ペトロビッチ監督にタイトルを」と意気込んでいる。

 でもそれは、広島から浦和に移籍してきた選手が気にしていることであって、浦和というクラブがどこにも存在していない。クラブとしての有り様、今後どういうクラブとして存続していくのかというフィロソフィー、それが見えにくくなっている。厳しく言うと、魂を失ってしまいかねない。

 だからこそ、今年、優勝という結果が出なければ、クラブは非常に厳しい立場に立たされることになる。そういう意味で、今シーズンは「背水の陣」。常に勝たなくてはいけないというプレッシャーにさらされる状況にある。そこまでの重圧の中でやれる選手が何人いるか。その覚悟を、ペトロビッチ監督は持っているかもしれないが、クラブ全体としてどこまでその覚悟をしているか。浦和というクラブの幹部、スタッフ全員にとっても、正念場のシーズンだと思う。

 ペトロビッチ監督の攻撃的なサッカーは、1点を守り切るというサッカーではない。課題は、守備にある。GK西川が、「試合数より少ない失点数でシーズンを終えることが目標のひとつ」と言っていたように、失点を減らすことが必要だ。

 世界中で、守備をおろそかにしているチームが優勝することは、ほとんどない。バルセロナは、ポゼッション率を徹底的に高めて、攻撃を続けて守備の時間を少なくすることで失点を減らしているが、そのバルサにしても、グアルディオラ監督が就任して、攻守の切り替えを速くして相手にプレスをかけ、守備が整ってさらに強くなった。

 日本代表GKの西川が加入したとはいえ、守備はGKだけの問題ではないので、すべての選手が意識しているはずだ。浦和は、守備に関してはポジショニングがいい加減なところがまだある。それを修正していくことは、多少時間はかかるだろうが、チームとして対応していってほしい。

 ペトロビッチ体制の浦和が優勝できるか、そして、今のスタイルが浦和の伝統として続いていくのか、これが今シーズンこれからの注目ポイントだ。