日本のみならず、世界のテニスファンに衝撃と夢を与えた錦織圭(世界ランキング21位)のマイアミでの快進撃は、世界ランキング2位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)戦を棄権するという形で、唐突な幕切れを迎えた。棄権を決断した理由は、左股関節の炎症による痛み。これは、先月出場した大会(デルレイビーチ国際テニス選手権)で負ったもので、3月上旬のBNPパリバオープンの時にもまだ痛みはあったという。その後も、「治ったり、痛くなったりが続いて......」という状態であったが、3月18日にマイアミで開幕したソニーオープンの前には、ほぼ痛みを感じないまでに回復していた。

 そうして出場した今大会では、3回戦で第15シードのグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア/世界ランキング16位)、4回戦では第4シードのダビド・フェレール(スペイン/同4位)のシード選手を次々に撃破して上位へと進出。準々決勝では、「史上最高のプレイヤー」、あるいは「生きる伝説」とまで称されるロジャー・フェデラー(スイス/同5位)をも破って、ベスト4へと駆け上がったのである。これまでにも錦織は、対戦当時世界2位のフェデラーや、1位のジョコビッチから勝利を奪ったことはある。だが、ひとつの大会でトップ5の選手を複数破ったのは、今回が初めてのこと。本人の「今までで一番と言えるくらい、良い1週間だった」との言葉どおり、「Kei Nishikori」の名を鮮烈に世界に刻んだ7日間であった。

 ソニーオープンは「マスターズ1000」と呼ばれる、グランドスラムに次ぐグレードの大会である。上位選手は、ケガなどの事情がない限りすべて参戦しているため、「顔ぶれ」という意味ではグランドスラムにまったく引けを取らない。そのマスターズ1000で達した今回のベスト4進出は、2012年に錦織が成し遂げた全豪オープンベスト8に匹敵する......あるいはそれ以上の価値を持つものだ。

 そのような評価は、単に「ベスト4」という数字のみを見て言うのではない。今大会の錦織のプレイや戦績を子細に追えば、彼のテニスの土台そのものが、より強固で、より高く築かれたことが明確に見てとれるからである。

「すべてがレベルアップしていると思いますが、まずはサーブが以前より良くなっている。サーブで危機をしのげる点に、大きな違いを感じます。それにストロークでも、大切な場面でエラーを出さないのが、去年より良くなっている点です」

 錦織は、昨年と今の自分を客観的に比較し、ベースアップした要素を端的にそう述べる。

 本人が「昨年との最も大きな相違点」と感じているサーブでいうと、今大会では3回戦のディミトロフ戦で、その成長が最もよく見て取れた。

 フェデラーと酷似したプレイスタイルのため、「ベビー・フェデラー」と呼ばれることもあるディミトロフは、その愛称が示すように、次代の王者候補として期待を集める若手のひとり。先月ツアー2勝目を挙げ、ランキングも自己最高の16位に急上昇させるなど、今、最も勢いのある選手である。

 そのディミトロフ相手に錦織は、7−6、7−5のスコアで接戦を制した。辛勝を支えた最大の要因は、これまで弱点と見なされていた、「サーブ」である。この試合で錦織は、自身のサービスゲームをすべてキープした。それどころか、相手に許したブレークポイントはわずかにひとつ。センターに叩きこむ高速サーブと、コーナーを巧みにつく変化球で相手を翻弄し、サービスゲームでは常に主導権を握り続けた。その中でも圧巻だったのは、唯一のブレークポイントをしのいだ局面である。第1セットのゲームカウント5−6、相手にポイントを奪われればセットを取られるという緊迫の場面――。しかし、ここで錦織は、高速サーブを立て続けに2本叩き込んで連続エースを決めると、その後もセンターへのエース、そして最後もキレの良いサーブで相手に返球を許さなかった。試合を通じて9本決めたエースのうち、3本をこのゲームのみに集めて、最大の危機を乗り切った。

 一方、ストロークの成長が最大限に発揮されたのが、フェデラーとの決戦だ。この試合の立ち上がり、錦織はフェデラーが仕掛ける早い試合展開についていけず、「まだ敵わないのか......」との敗北感すら脳裏をかすめた。だが、第2セットの中盤以降、回転を掛けた重いフォアハンドと、コンパクトに振り抜いて低い球筋で空を切るバックハンドのショットを織り交ぜながら、フェデラーの展開力を封じ込んだ。第3セットに入った時には、「腕が振り抜けるようになり、違った自信が芽生えた。ストロークで負ける気がしなかった」と言うまでにフェデラーを打ち合いで圧倒した。これにはフェデラーも、「(錦織)圭のバックハンドの技術は非常に高い」と称賛するより他なかった。

 そしてもうひとつ、この大会で錦織が示したのは、フィジカルの向上である。そのことを何より鮮明に証明したのが、4回戦のフェレール戦だ。身長175センチの小柄なフェレールがトップ5にとどまり続けられる最大の理由は、無尽蔵なスタミナと、鉄壁の守備にある。しかし錦織は、そのフェレール相手に高温多湿な悪条件の中、3時間5分を走り切り、4本のマッチポイントをしのいで死闘を制した。試合の後半では、フェレールの足を痙攣(けいれん)が襲うほどのすさまじい消耗戦。さらに錦織は、この試合のわずか30時間後に、フェデラーと2時間8分の試合を戦ったのだ。連戦となったのはスケジュール上の不運であり、これが仮にグランドスラムなら、通常は中1日の休養を挟めたところ。もとより、不安を抱えていた足の付け根の痛みが増したのは、無理からぬことだった。

 そのフェデラー戦の翌日、痛みはさらに増し、満足に動くことはできなかった。準決勝当日の練習コートには立ったものの、やはり痛みは依然残り、左右に走れる状態ではない。

「コートに立つことは、できたかもしれない」。棄権を決意した後の会見で、錦織は言い、さらにこう続けた。「でも、戦うことはできなかったと思う」。

 今の錦織にとって、単に試合をすることと、戦うことはまったく異なる意味を持つ。つまり、「戦う」とは、「勝利を奪いに行くこと」である。

「良い試合がずっとできていただけに、準決勝で戦えないのは、本当に残念。でも、今の状態では、ジョコビッチに勝つチャンスはないと思った」

 錦織は伏し目がちに無念な胸の内を絞り出したが、マスターズ1000の準決勝ですら、今の錦織にとっては、「立つだけでは意味のない場所」ということだ。さらに付け加えるなら、今あるケガさえ完治させれば、チャンスは再び巡ってくると確信できるからこその棄権という判断でもある。

「正直、痛いのは股関節だけだった。普段だったら、他にも痛みや身体の重みもあったと思うけれど、今回はそれがまったくなかった。身体は確実に強くなっているし、テニスも良い」

 表情や口調に悔しさはあっても、悲壮感がない理由は、この言葉に集約されているだろう。

 今回の錦織の棄権は、記録上では、「不戦敗」という黒星が記される。だが、考え方を変えれば、彼は試合で敗れることなく、このマイアミの大会を終えたのだ。

 次に必ずコートで勝利を掴み取るために、今はあえて、コートに背を向けたのだ。

内田暁●文 text by Uchida Akatsuki