完熟マンゴーや日向地鶏(ひゅうがじどり)などで知られる宮崎の特産品に、昨冬、世界三大珍味のひとつ「キャビア」が新たに加わった。宮崎で育ったチョウザメの卵を使った逸品は、国産品にはない舌の上でとろけるような濃厚な味わいが特長。20グラム1万円からという高価格にもかかわらず、初回販売分の600個を瞬く間に売り切った。

 だが販売までには、30余年におよぶチョウザメの研究と、その努力に報いたいと立ち上がった地元の男たちの熱い思いがあった。

 1983年、旧ソ連から日本に贈られてきたベステルと呼ばれるチョウザメの幼魚が宮崎にやってきた。県の水産試験場は新たな養殖魚の目玉として研究を開始。苦心の末、養殖技術を確立したものの、交配種のためか品質が不安定だった。

 そこで研究対象をシロチョウザメに変更。その結果、研究開始から21年後の2004年についに日本で初めて完全養殖に成功した。

 水産試験場はその研究成果を還元すべく、養殖事業に参入する民間業者を県内から募った。だが、手を挙げた企業は多くはなかった。

 現在は宮崎キャビア事業協同組合で事務局長をつとめる坂元基雄は、当時、建設会社の営業マンとしてクルマで県内を走り回る毎日。チョウザメとは無縁だった。ところが2009年、リーマンショックの影響で会社の受注が激減し、社長から新規事業開拓の指令がくだった。坂元もいくつかのプランを考えて提出。そのなかに「チョウザメの養殖によるキャビアの量産」も入っていた。

「興味はありましたが、調べてみるとチョウザメは稚魚を育てて卵を産ませるまでに最低8〜9年もかかることがわかりました。これではあまりにもリスクが高い。だからこの案はボツになると思っていました」

 ところが、水産試験場が養殖技術を無償提供し、県もバックアップしてくれることが判明。なんと、会社の新規事業としてスタートさせることになった。担当はもちろん坂元だ。

 坂元は、すでに養殖ビジネスを始めていた事業主たちに会いにいった。彼らはみな私財を投げ打ち、試行錯誤しながら頑張っていた。

「みなさん、県の水産試験場が20年以上かけて実現した成果を無駄にしたくない、キャビアを宮崎の新たな名産にしたい、との熱い思いを持っていました。でも、それぞれがバラバラに行なっているので、技術に格差がありました。お互い情報交換できればもっと底上げできるはず。

 そこでチョウザメ養殖業者の協議会を作り、もっと上をめざすことにしました。愛読書『坂の上の雲』にあるように、雲のみを見つめながら、ただ登っていきたい──そんな想いを実行したかったのです」

 坂元の呼びかけもあり、徐々に協力態勢が整ってきた。そこでキャビアの加工法を探るため、有志が水産試験場の職員とともにフランスなどで視察を行なった。だが加工法は極秘。みな堅く口を閉ざすばかりだった。

 持ち帰ったのは断片的な情報だけ。それを元に試験場が中心となって加工法が模索され、試作品作りが行なわれた。なんとか形になったキャビアを地元・宮崎出身のフレンチシェフに試食してもらったところ……。

「それなりには美味しい。でも、全体的なクオリティーは本場ものにはほど遠い」

 クオリティーを高めるためには何が必要なのか──。さらに試作品作りが繰り返された。その数は、じつに2000以上にのぼった。

 2013年、協議会が協同組合に発展すると坂元は長年勤めた会社を辞め、事務局長として専念する決意をした。

「妻には猛反対されると覚悟していました。ところが、『なんとかなるでしょ。一緒に頑張りましょう!』といってくれたのです。なにがなんでも宮崎産キャビアを全国に広めてやる──そう決意しました」

 時を同じくして、試験場ではある加工法にたどりついていた。口の中で広がる豊満な味わいは試食した坂元も納得のいくものだった。

「カギは“熟成”でした。詳細は極秘ですが(笑い)」

 2013年11月22日、30余年にわたる研究に敬意を表し『宮崎キャビア1983』と名付けられた宮崎産キャビアは、発売されるやバックオーダーを抱えるほど好評を博した。

「じつはシロチョウザメは、肉も美味しいのです。ヨーロッパでは“ロイヤルフィッシュ”と呼ばれる高級食材。日本でも“食べても美味しい魚”と認知されるようPRしていきます」

(文中敬称略)

■取材・構成/中沢雄二

※週刊ポスト2014年3月14日号