望外の予選Q2進出に沸くケータハムのスタッフたちの中で、小林可夢偉だけが一人、憮然とした表情をしていた。まともに走ることさえままならなかった開幕前テストの厳しさを思えば、予選15位というのは前年度最下位チームの開幕戦としては上出来と言える結果のはずだった。しかし、可夢偉が相好を崩すことはなかった。

「これで喜びたくないっていうのが僕の本心です。チームを引っ張る立場としては、これで喜んでいる姿を見せるわけにはいかへんやろっていうのがある。スタート地点でここまで行けたことはチームとしては良かったと思うけど、まだここがゴールじゃないし。今の時点では順位っていうのはあんまり重要じゃないんです」

 何を聞かれても、可夢偉は15位という結果についての感想を語ることはしなかった。

「結果なんか見てないから。ホンマに周り(のチーム)なんて見てないし」

 そう言って、決勝に向けて周囲がポイント獲得の淡い期待を抱いていることにも関心を示さなかった。

 その可夢偉の表情を見ていると、不意にウインターテスト最終日のことが思い出された。

 相次ぐトラブルと伸びないラップタイムに、ケータハムに対するファンや関係者の期待は決して高くはなかった。もちろん、テストの内容や日々の進捗を見ていた者にはチームの成長とポテンシャルがあることは分かっていた。しかし、悲観的な見方をする声もあった。

 可夢偉にそうした質問を投げかけると、彼は珍しく感情を露(あら)わにして答えた。

「なんでそんなこと言うんですか? 僕らは一生懸命やっているし、そんな無駄なことを考える暇があったらクルマを速くすることを考えますよ」と、これから何カ月も先を見据えて進めている開発の話し合いについて蕩々(とうとう)と語ったのだった。

「僕らは目の前のこの1戦で勝負してもしょうがないんです。まずどうやってこのチームを良くして、開発に何が必要なのかっていうことを長い目で見て考えているから」

 コース上を走る可夢偉のマシンを見ると、ブレーキングからコーナリングするところでリアがふらつき、コーナーの出口に向けても明らかに攻めたドライビングはできていない。

「攻めて走るのは恐いですよ、今はリアルに。このクルマをコントロールできる自信がないから、そこまで行けてない。縁石なんて乗れないですよ」

 だからこそ、Q2に進んでも浅溝のインターミディエイトタイヤを履いてアタックするリスクは冒さず、15番手を甘んじて受け容れた。

 そんな状態で走ることも、今の可夢偉は受け容れている。上位で争える状況ではないからこそ、"結果"よりも未来に向けた道筋だけを見ている。ライバルたちとの戦いではなく、自分たちの戦いに集中しているのだ。

 この日、可夢偉が予選15位という"結果"に目もくれず、深刻に捉えていたのは、グランプリの実戦を迎えて初めて露わになったこのチームの問題点だった。

 土曜午前のフリー走行の後、可夢偉はサスペンションのセッティングを変えて午後の予選に臨むつもりだった。燃料漏れトラブルで金曜日のフリー走行ではわずか1周しか走ることができず、土曜午前の1時間は、トラブル続きのルノー製パワーユニットの調整に充てていたからだ。

 しかし、可夢偉の申し出に応えるだけの力は、今のケータハムにはなかった。予選までに2時間しかないインターバルの間に、可夢偉が望んだ作業が間に合う確証がなかったからだ。

「キャンバーを変えるのに1時間以上かかるって言うんですよ。いろいろ変えられると思っていたのに、いろいろ言うても『それも無理、それも無理、それも無理』って。『ほんなら何ができんの? このままで行くしかないやん』って。インターバルが2時間しかないのに、その間にこのチームはミーティングを1時間やっているんです。そら無理でしょ?(苦笑) そういうとこから見直さなあかんっていうことなんです」

 主にパワーユニットの熟成不足に起因するトラブルのために、可夢偉は開幕前のテストで思い通りに走り込むことができなかった。それゆえ、マシンの煮詰め作業だけでなく、チーム運営の煮詰めもまだ十分に進められていないのだ。

 しかし可夢偉は、それを改善することこそが自分に課せられた使命なのだということを理解している。だからこそ、敢えてこの予選結果にも笑顔を見せることなく、厳しい態度をチームに見せたのだ。

 そして、浮かれることなく、当初の目的を忘れることもなく、決勝へと目を向けた。

「下手に勝負せずにタイヤをセーブして、自分のレース、現実的なレースをしたいと思います。まずは走り切ってデータをできるだけ集めないと」

 そう言って臨んだはずの決勝が、まさかスタート直後の1コーナーで終わってしまうとは夢にも思わなかった。

 混雑の中で不要なリスクを避けるべく早めにブレーキングしたにもかかわらず、派手にフロントブレーキがロックしてタイヤスモークが上がり、前走車のリアに激しく突っ込んだ。ケータハムのフロント周りは大破し、グラベルに突き刺さってマシンは止まった。

「早くブレーキを踏んだつもりやったのに、ロックして止まり切れなかったんです。前に(キミ・)ライコネン(フェラーリ)がいてそれだけは避けたんですけど、パッと前を見たら(フェリペ・)マッサ(ウイリアムズ)がいて、あれはもう避けられないですよ。

 久々のF1やし、あまりにもスタート直後やったから、何があったのか分からなかった。だから自分の感覚がおかしかったのかなと思って最初はマッサに謝ったんですけど、データを見るとリアのブレーキ(制動力)がゼロで、前のブレーキしか効いてない状態やったんで、『そら絶対止まれへんわな』と納得しました」

 レース後、スチュワード(競技会審査委員会)に対しての説明を終え、可夢偉がパドックの一番隅にあるケータハムのガレージエリアに戻ってきた頃には、すでに辺りは夕闇に包まれていた。レースは下馬評通りメルセデスAMGのニコ・ロズベルグが圧勝。新人ケビン・マグヌッセン(マクラーレン)の2位表彰台獲得やレッドブルの規定違反に揺れる上位勢の喧噪を遥か遠くに見やりながら、可夢偉は淡々と語った。

 今の可夢偉は、ポイントや順位という"結果"にとらわれていない。0周リタイアという"結果"そのものに悔いはない。ただ、自分たちの戦いができなかったことが悔やまれるだけだ。

「実際のところ、僕らにとって(ライバルと)勝負ができるのはシーズン中盤くらいからやと思う。そこまでにどれだけ開発のスピードを上げて、しっかり前に追いついていけるか。どれだけ良い形でシーズンを終われるかっていうことが一番大切なんです」

 1周もできずにシーズン初戦を終えれば、きっと多くのドライバーが「まだ開幕していないような気分だ」などと語るだろう。しかし可夢偉は、愚問だと言わんばかりに迷いなく即答した。

「開幕はしていますよ。残り19戦のままじゃダメでしょ?」

 開幕戦を終えて、残りは18戦。確かに、21台のマシンと順位を競う勝負、305kmを1秒でも速く走りきる勝負は、最初の一歩さえ踏み出すことはできなかった。しかし、今の可夢偉とケータハムに必要なのは"結果"ではない。ケータハムというチームを成長させていく可夢偉の長い戦いは、もうとっくに始まっているのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki