『フランスのおいしい食材ノート パリ郊外アントニーの市場から』稲葉由紀子
『パリっ子の食卓 フランスのふつうの家庭料理のレシピノート』佐藤真
いずれも河出書房新社

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昨年日本で公開されたクリスチャン・ヴァンサン監督『大統領の料理人』のBlu-RayおよびDVDが、まもなく(2014年4月)発売される。
『大統領の料理人』は、ミッテラン大統領時代のエリゼ宮(フランス大統領官邸)史上初の女性シェフの実話をもとにした映画として話題になった。
映画の主人公オルタンスのモデルになったダニエル・デルプシュさんは来日時、《ELLE》のインタヴューに、こう答えている。

〈私の長男は初デートの際、鶏のファルシを料理するんです。これぞ料理が持つシェアの精神の現れですね。彼が“新しい恋人ができた”と言うことはありません。“鶏とシャンピニオンを買ってきた”と言うだけで、私たちはピンと来るんです(笑)〉

シャンピニョンという語はマッシュルーム(シャンピニョン・ド・パリ)一択のこともあり、それならいまは季節を問わず手に入る。でもたんにシャンピニョンというときには、広く茸類一般をさすことも多い。
茸と言えば秋だし、鶏やほろほろ鳥の詰物料理は、もっぱら秋冬のイメージが強い。詰物の中身として代表的なのは茸とか栗だから。
ということは、デルプシュさんの長男は、秋に新しい彼女ができるってわけね。カーチャンが有名になるとこんなことまでバラされるのか……。

映画の日本公開に合わせたわけではないだろうが、1990年代に出たフランスの食材・調理を知るための名著が、昨年2点続けて新装復刊された。
・佐藤真『パリっ子の食卓 フランスのふつうの家庭料理のレシピノート』(初版1995年)
・稲葉由紀子『フランスのおいしい食材ノート パリ郊外アントニーの市場から』(原題『フランスおいしいもの事典』、初版1999年)
いずれも河出書房新社。

佐藤真はパリの日本語新聞《OVNI》(フランス語でUFOのこと)編集長。
稲葉由紀子はマガジンハウスの雑誌でグラフィックデザイナーとして活躍後渡仏、《Figaro Japon》連載をはじめフランスの生活や旅を題材とした取材で知られる。
Amazonで書影を見ていただくとわかるが、この2冊の新装版は、版型も造本もお揃いになっている。
それもそのはず、2冊とも装幀や本文レイアウトは稲葉宏爾(こちらも一昨年『ガイドブックにないパリ案内』[阪急コミュニケーションズFIGARO BOOKS]の改訂版を出した)、本文カットは佐藤真。2冊揃えるのがお勧めだ。
なんといっても文章がおいしそうなのだ。さっき話題に出したほろほろ鳥については、こう書いてある。

〈鳥よりも脂肪が少なく締まった肉質だけれど、七面鳥よりしっとりとしてうま味があり、丸ごと焼くのに適している〉(『フランスのおいしい食材ノート』)。
 〈かんしゃく持ちで筋肉の運動量が多いからうまいのだそうだ。値段も鶏並みです〉(『パリっ子の食卓』)。
 そうなんだよなー! で、
〈やっぱり秋においしい栗やキノコをおなかにいっぱい詰め込んで焼くのがいい〉。
〈プレートに溜まる肉汁や脂をスプーンでかけ回しながら、手塩にかけて焼いてみたい〉(『フランスのおいしい食材ノート』)。

『パリっ子の食卓』は春夏秋冬のレシピ90、『フランスのおいしい食材ノート』は1月から12月と季節ごとの旬の食材約250項目を紹介している。
日本でもこの20年で手に入りやすくなってきた食材も多い。また調理法自体が参考になるので、日本の食材でこっちヴァージョンを作ってみる助けにもなる。
実用度のきわめて高い2点だと思いました。いずれも本文中の「フラン」は4で割って「ユーロ」に換算してください、とのこと。
ちなみに佐藤真さんはパリのエスパス・ジャポンで料理教室を開講している。また稲葉由紀子さんには、個人的に何度も素敵な料理をごちそうしていただいた。

稲葉由紀子さんは料理名人であるだけでなく、タフな健啖家でもあり、近年の日本文化の自粛過剰な過保護路線に見向きもせず、《Figaro Japon》誌にパリの、ニオってきそうなガチの臓物料理屋の紹介記事を書いたりしている。同誌編集部は「ウチの誌風にはちょっとこれ……」と引いたんじゃないだろうか。そうだからこそ、ほんとうに頼もしくて信じたくなる書き手なんですよ、各誌編集部のみなさん。
これからの季節、パリではたんぽぽのサラダが出てくる。さらにもう少しするとアスパラガスが出てくる。いい季節ですね。こっちはこっちで木の芽和えで呑みたくなるわけですが。

ここからはまったくの余談なのだが、冒頭で触れた『大統領の料理人』は文学クラスタではむしろ、小説家でジャーナリストのジャン・ドルメッソンが大統領を演じたことで衝撃を受けた人が多い。
思い出したのは、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』の映画化(サリー・ポッター監督『オルランド』)でエリザベス1世を『魔性の犬』の小説家クェンティン・クリスプが演じた先例。

もともとショウビジネスに近いところにいたクリスプより、エリート哲学者のジャン・ドルメッソンが演技するほうが驚きなのだろうか?
それとも逆に、UNESCO国際哲学・人文学会議議長もつとめたジャン・ドルメッソンがミッテランを演じるより、ドラグクイーンという語がなかったころからそれだったクリスプが王族を演じるほうがショッキングなんだろうか?
(千野帽子)