「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわじわと穴をくりぬいていく作業である。〈中略〉自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が、どんなに愚かであり、卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『デンノッホ!』(それにもかかわらず!)と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』をもつ」

 これは、1919年にドイツの社会学者のマックス・ウェーバーが、56歳で亡くなる前年の1919年に行った「職業としての政治」という講演の一説。官僚制の研究でも知られる、ウェーバーの理想的にも思えるこの言葉には、反対に官僚として政治の場に関わることの厳しい現実も浮き彫りになっているようです。

 かつて日本にも、官僚として「職業としての政治」を実践しようとした人物がいることを教えてくれる本が『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』です。著者は、「そして父になる」で第66回カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞するなど、世界的に著名な映画監督である是枝裕和氏。本書は、是枝氏がテレビ業界にいた29歳の頃、初のディレクター作品『しかし...福祉切り捨ての時代に』(「NONFIX」1991年3月)をもとに、さらに取材を重ねて書かれたノンフィクションです。

 本書のなかで語られるのは、1990年の水俣病訴訟を担当していた高級官僚・山内豊徳氏の自死について。厚生省で生活保護や老人福祉の充実に奔走した後に、環境庁の企画調整局長となり、水俣病患者の和解拒否の立場を弁明する国側の責任者として、患者やマスコミの批判の矢面に立たされたという経緯から、当時の報道は「自身の良心と、職責との板挟みの末の悲劇」と論じたこの出来事。是枝氏は、山内氏の妻の証言や、幼少からの歩みを丹念にたどりながら、さらなる洞察を深めています。

「福祉にとっての理想主義が経済優先の現実主義に圧倒されていく、その下降線の時代を山内さんは必死で生きようとしたのだと思う。高級官僚としてその下降に立ち会ったという責任においては彼はやはり加害者側の人間だったと言わざるを得ないし、又同時に時代の被害者だったとも言えるような気がする。彼はそのふたつのベクトルに引き裂かれながらアイデンティティの二重性を生きたのだろうと思う」

 初版から20年、東日本大震災を経て出版された今回の文庫版。ここで是枝氏が強調しているのは、今という時代に日本において生きているということは、山内氏が体現した"二重性を生きる"ということを、誰しもが否応なく背負わざるを得ないということ。そして、それに開き直るのではなく、そこから出発する覚悟が求められているのではないかと結んでいます。

 自分自身も、この"二重性を生きる"ということをメディアの世界で考えていくことが、職業人としての緊急の課題とも述べている本書。是枝監督の「これまで」と「これから」を大きく運命づけた一冊といえるのかもしれません。



『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死 (PHP文庫)』
 著者:是枝 裕和
 出版社:PHP研究所
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