ソチ五輪で朝日新聞がウェブ用に作成した浅田真央選手の特集企画「ラストダンス」が大きな話題になっている。公開後三日間でPVは100万を達成、FBのシェアは7万件を越えた。制作に当たった朝日新聞デジタル編集部の古田大輔記者にその裏側を聞いた。(取材・文=フリーライター神田憲行)

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 「ラストダンス」は浅田選手が演技を始めるスタートポジションの線描画から始まり、彼女の写真とともにソチ五輪、過去の物語、彼女の言葉という三部構成になっている。マウスホイールでダウンスクロールしていくだけで写真と文章、グラフなどが次々と現れる効果が非常に印象的だ。

古田:それは「パララックス」というウエブ技術です。1枚のスクリーンの上に何枚もレイヤーを重ねることで奥行きを出す視差効果(パララックス)で、ホイールを回すだけで複雑な情報が次々と現れていきます。これは昨年ニューヨークタイムズがピューリッツァー賞を受賞した、雪崩被害をリポートしたウェブ記事「Snow Fall」で使われた技術なんですよ。

「Snow Fall」は世界中のメディアで「スノーフォーラーズ」と呼ばれるくらい似たコンテンツが登場するくらい話題になりました。そこで我々もソチ五輪に向けて作ってみようと、昨年11月ごろに当編集部の入尾野篤彦記者が提案しました。テーマは浅田真央さん、タイトルは「ラストダンス」、三部構成ということもすでにそのときにありました。

−−いろんな人選が考えられたと思うのですが、そのなかでなぜ浅田さんを選んだのですか。

古田:彼女は12歳で初めてトリプルアクセルに成功しているんですが、年齢制限でトリノ五輪に行けなかった。バンクーバーでは銀を獲ったんですが、「悔しい」と泣く。そしてこのソチ五輪を「自分の集大成」と語っています。日本人はみんな彼女がこの10年間積み上げてきたストーリーを知っているわけで、誰もが彼女の物語を読みたいだろうと思いました。

 実は朝日新聞も今回の「ラストダンス」の前に「Snow Fall」のようにパララックス技術を使ったコンテンツを6つ作っているんですが、話題になっていない。それは作った側の自負はあっても、受け手のニーズ、タイミングにマッチしていなかったんじゃないかと思うんです。競技が終わって、その日のうちにコンテンツを公開するという「速報性」にもこだわりました

−−制作にはデジタル編集部だけでなく、記事を書くスポーツ部、写真部、デザイン部といった社内の組織が横断的に協力したそうですね。

古田:サイトの構築が始まったのが2月の第1週で、みんなデイリーの仕事をこなしながら突貫工事です。私も第3章で紹介する浅田選手の言葉を探すために、過去の朝日新聞の記事をだいたい1500本くらい読んで、過去の写真の中から粗選びをしていきました。今回、紙の歴史があるメディアの強みを感じたのは、彼女のカギカッコの中味、つまりコメントを取れるということです。

 朝日新聞が彼女を最初に取り上げたのが12歳のときなんですが、どんな短い記事の中にも「嬉しい」とか「調子が悪い」とか、そのときの生の彼女の言葉がある。写真も著作権がクリアになったものが掲載された分だけでも数千枚ある。自社の中でそうしたコンテンツの中味が使えるのは、ここ数年登場したキュレーションメディアではできないことだと思います。

−−制作でとくに気をつけたことはなんですか。

古田:「Snow Fall」が出たとき、いろんな要素と技術をを盛り込みすぎて「わかりにくい」という声もあったんですよ。それで今回はデザイナー の寺島隆介が「1スクリーンに3つ以上の情報を載せない、シンプルな作りで行こう」という意見でまとまって調整しました。1行の文字数、ホイールを何回回せば最後までいくのか、これはクリエーターたちがかなりこだわったところです。

−−僕はコンテンツの冒頭で始まる浅田選手の線描画がとても印象的で、なにか特別なことが始まるわくわく感がありました。

古田:冒頭に印象的な仕掛けを置いて、リーダーをその世界に没入させるイマーシブ(没入)コンテンツ、イマーシブジャーナリズムという手法です。最初は動画を置くことを考えたんですが、IOCの規定でそれができないことがわかり、デザイナー自ら線画を描きました。結果的に動画だとみんなテレビで見慣れているので、それが良かったのかなと思います。

古田:朝日新聞にデジタル編集部ができて2年になるんですが、クリエイターやデザイナーが社内にいるのが大きいですね。みんなウェブの知識がすでにあって、問題意識も共有されているから話がスムーズに運びました。「ラストダンス」はフィギュアスケート担当記者の後藤太輔、現地入りした3人のカメラマン、前職ではカーナビのUIをつくっていた佐藤義晴やゲームをつくっていた白井政行といった技術者が制作のいろんな局面で知恵を出し合って作れたことが大きい。

−−これからメディアでもパララックス技術を使ったイマーシブコンテンツが増えていくと思いますか。

古田:読んでくれた方の評価は高くて、90%以上が高評価でした。ただそれが朝日新聞に対してなのか浅田真央さんなのかわかりませんが(笑)。社内的にはスポーツ部以外からも今回のような取り組みが出来ないかという声がすでに寄せられています。でも手間とコストがかかるコンテンツですからそんなにポンポンできるものではないし、それに見合うPVが必ず稼げるかといったら、そんな甘いもんじゃないと思います。

古田:チームで共有していた思いは今回の「ラストダンス」では、浅田真央さんという存在を通して、スポーツ選手全体に通じる姿を見て欲しかったんです。12歳の彼女の「嬉しい」という無邪気なコメントが、世界トップレベルで競う選手として人間的な重みのあるコメントに変わっていく。そういう彼女の人間的な成長に我々は感動したと思うんです。そこを描くのに今回の表現方法は最適でした。PVだけを求めるためではなくて、より複合的に情報を組み合わせた方が読者に届きやすいコンテンツに関して、この技術は積極的に使えるのではないかと思っています。