海堂尊のデビュー作『チーム・バチスタの栄光』で開幕した田口公平&白鳥圭輔の東城大学医学部付属病院シリーズは、2012年に刊行された『ケルベロスの肖像』(同)で堂々のフィナーレを迎えた----



 と、思ったら2013年の『輝天炎上』こそが『ケルベロスの肖像』の裏で起きていた出来事を描いた、真の完結篇だった----


 の、はずだったのに「本当に最後の事件」となる長篇『カレイドスコープの箱庭』が出た、ですと!



 まるで終わりそうに見えてなかなか終わらない、往年のモーニング娘。(当時)のヒット曲「ザ☆ピース!」のような展開なのだが、今度こそ本当の本当におしまい、のようなのである。



 というのも、この連作は死亡時画像診断(Ai)の本格実用化をめぐる駆け引きが各事件の背景として描かれ、主舞台となる東城大学医学部付属病院にAiセンターが設立しうるか否かということが話の焦点になっていた。それがいよいよ実現する、という運びになってからの物語が『ケルベロスの肖像』『輝天炎上』で描かれたのである。主人公の田口は通称・不定愁訴外来のたったひとりの所属医師として病院内で昼行灯扱いされていたはずが、いつの間にか東城大学医学部にとってなくてはならない存在にまで出世し(病院長の高階権太の企みによる)、ついにはAiセンター長にまで上り詰めた。



 したがって2012、2013年の両作によって物語中で語られなければならないことはすべて尽くされたといってもいいのだが、1つの要素だけが抜け落ちていた。



 そもそもなぜ「Ai」は導入されなければならないのか、という読者にとっての当然の疑問に決着をつける作業である。



 現在の医療制度には病理解剖が存在する。それに対して新しくAiを導入しなければならない理由を海堂は作中で繰り返し書いてきた。『カレイドスコープの箱庭』はその総括を行い、これまでのシリーズでは拡散してしまっていた印象の「そもそも論」について端的な形で語りなおした作品である。それは以下のようなくだりにも反映されている。



 



 ----医療の基本は互いの信頼関係で、医療安全は信頼の積み重ねだ。だから患者の「信頼」が壊れた時、医療は崩壊する。


 これと似て非なるものに「期待」がある。そのふたつの外見は似ているが中身は全然違う。(略)




 


「医療が患者の「期待」に応えられないことは多い」が「愚直に誠実に対応していれば「信頼」は守れる」。現在の医療制度においてはこの「信頼」と「期待」の違いが曖昧になり、境界に崩れてしまっている。その中で「信頼」を守るための砦の一つが、おそらくはAiなのである。『カレイドスコープの箱庭』は全編がそのことについての小説だと言っていい。



 東城大学医学部病院において病理の誤診があったという告発が死亡した患者の遺族に届く。田口は、事の真偽を解明するために、またぞろ調査に借り出されることになるのである。物語の発端、そして展開は『チーム・バチスタの栄光』に酷似している。田口の調査が終わった後で白鳥が乗り出してきて、事実の再調査をする展開もそっくりだ。懐かしい「パッシヴ・フェーズ」と「アクティヴ・フェーズ」も多用されている。最終作ということで、あえて第1作に回帰した結果だろう。『ジェネラル・ルージュの凱旋』の主役であった救命救急センター長・速水晃一、チーム・バチスタの天才執刀医・桐生恭一、『ケルベロスの凱旋』で忘れがたい印象を残したマサチューセッツ医科大学の東堂文昭などの懐かしい面々も顔を出している。このシリーズの登場人物ではないが『マドンナ・ヴェルデ』『モルフェウスの領域』などの隣接する作品では重要な役回りを努めるゲーム理論の大家・曾根崎伸一郎と田口が共演する場面もある。



 さながら豪華スターによるカーテン・コールの如し。ファンならば、いやそうではなくても見逃せない一作である。



(杉江松恋)




『カレイドスコープの箱庭』
 著者:海堂 尊
 出版社:宝島社
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