樽に住んだ変わり者の哲学者「ディオゲネス」の話

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ディオゲネス(B.C.412?-B.C.323)という哲学者をご存じでしょうか?ソクラテスの孫弟子にあたる人物で、かのアレキサンダー大王が尊敬し、「世界市民(コスモポリーテース)」という思想を提唱した哲学者の考えをご紹介します。

●シノペのディオゲネス
トルコのシノペで生まれたディオゲネスは、アテネに来てソクラテスの弟子であるアンティステネスという哲学者に弟子入りしました。師の「徳」に関する思想を受け継ぎ、物欲から離れて粗末な衣服に身を包み、住居は大きな樽を横にしたものでした。

ある時、子どもが手で水をすくって飲んでいるのを見ると、唯一の家財道具であった食器の皿を投げ捨てて、「自分はまだ至らなかった」という意味のことを言ったとのことです。いろいろな逸話を持つこの哲学者は、キュニコス(犬儒)学派と自らを名乗り、のら犬のように生きることを理想としました。

アレキサンダー大王はもとより、ゲーテなどの思想にも大きな影響を与えたといわれています。

●プラトンとの激論
プラトンが「人間とは、二本足の羽のない動物である」と定義すると、ディオゲネスはおんどりの羽をむしってぶら下げてプラトンの教室に入っていき、「これがプラトンのいう人間だ」と言ったそうです。プラトンは人間の定義に、「平らな爪をした」という文言を加えたそうです。

このほかにもプラトンの思想にことごとく反発して、議論をふっかけたとのことです。

●アレキサンダーとの対話
アレキサンダーの家庭教師である哲学者アリストテレスからディオゲネスに会うことを勧められ、会った時、このような会話がなされたといいます。「わたしは大王のアレキサンダーだ」、「私は犬のディオゲネスだ」。また、アレキサンダーが「わたしに出来ることがあれば何でも言ってください」と伝えると、「そこをどいてくれないか。

お前さんが立っているので日が当たらないのだ」と。アレキサンダーは礼を言って去って行ったとのことです。アレキサンダーは、「自分がアレキサンダーでなければ、ディオゲネスになりたかった」と語ったそうです。

●ディオゲネスの「世界市民」思想
「世界市民」という言葉は、ディオゲネスが作ったとされています。彼は唯一の正しい政府のあり方は「世界政府」であるとしました。弟子を通じて、後にストア学派の祖となるゼノン(B.C.335-B.C.263)に大きな影響を与えたといわれています。

ストア学派とは、禁欲と理性に沿った生き方、そして「世界市民」思想を柱とした学派で、快楽主義とよく対比されます。ストイックという言葉のルーツともなっています。

ディオゲネスの「世界市民」思想は、「人種や言葉の違いを乗り越えた世界平和のためにはすべての(都市)国家を統合した世界国家を作るべきである」という考え方です。アレキサンダー大王の世界帝国構想に影響を与えたであろうことが想像できます。

ちなみに、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズの「ギリシャ語通訳」というストーリーに、シャーロックの兄マイクロフト・ホームズの所属する「ディオゲネス・クラブ」という変人を標榜したクラブが出てくるのはご存じでしょうか?

(文:深山敏郎/(株)ミヤマコンサルティンググループ/コミュニケーションズ・スペシャリスト)

著者プロフィール
著書:「できるリーダーはなぜ『リア王』にはまるのか」〜100冊のビジネス書よりシェイクスピア〜 青春出版社刊。コミュニケーション改善の請負人として、高級ホテル、外食チェーン、外車ディーラー、IT企業など、20年で延べ4万人あまりを直接指導。夢は、英国でシェイクスピア芝居を英語で上演すること。
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お問合せ先:info@miyamacg.com