左:川上未映子 右:桐野夏生。二人はともに新潮新人賞の選考委員を務める。

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序盤では聞き役に回っていた川上未映子。突然、マイクをつかみ、「今日は桐野さんに、すごくお伺いしたいことがあるんです」と切り出した。

川上「最近、いわゆる純文学の作家たちが、タイムリーで事件性のある題材を書くことが増えてると思うんです。でも、その事件ではなくてはいけなかった必然性は見えてこない。いわゆる純文学作家の関心は事件に遭遇してしまった人間の内面の変化でしかないんです」
桐野 「まあ、ハードボイルドじゃないですよね」
川上 「そうなんです! だから、いろいろな事件を扱っても、<メロディは違うけれど似た歌>みたいになっちゃう。でも、桐野さんの小説はぜんぜん違う。貪欲なまでに、という言い方をしたらヘンなんだけれど、桐野さんは苦しんでいる女がいたら、そこに行ってつかんでひきずりこんで、フィクションにするでしょう。その欲望について聞きたいんです!」

3月2日に開催された桐野夏生と川上未映子のトークイベント(芥川賞&直木賞フェスティバル)での一幕だ。聞きようによっては、芥川賞作家批判にも聞こえかねない絶賛ぶりに、桐野は「……最大の褒め言葉なんで、どう返したらいいかわからないんだけれど……」 と、やや困惑気味のリアクション。しかし、川上はまるで意に介さず、「そのね、欲望を聞きたいんです。化けの皮をはいでやろう、みたいな感じ!?」とたたみかける。

桐野 「だって……人間の本質って悪じゃない!?」
川上 「ハハハハハハ。私ね、そこを今日聞きたいの! 人間って悪!?」
桐野 「悪だと思う。だからこそ、家族や村、宗教といった共同体で抑えてきたわけですよ。でも、今はインターネットを見てもそうだけど、悪意が噴出してどうにもならないじゃないですか」
川上 「待って、待って! 『<人間の本質たる悪>をひとつでも多く書きたい』みたいなのが桐野さんの欲望なのかな?」

川上未映子が止まらない。

桐野 「例えば、母子関係は悪ではないと思うじゃないですか」
川上 「(爆笑しながら)『悪ではない』と思いたいですね」
桐野 「でも、子どもを捨てたり、虐待したりする“黒い母親”ってたくさんいるじゃない。ヘタをすれば、みんな悪になりうる。そこをね、一枚はいでやろうと思ってるんです」
川上 「桐野さんは小説を書くにあたって、構成を考えないってホントですか?」
桐野  「『これを書きたい』というのはありますけど、どういう風に人物が動いていくか……といったあたりは、あまり考えないですね」
川上 「まず、場所はこのあたりにしようとか、テーマを決める感じですか」
桐野 「まずはタイトルですね。最初にタイトル、決めるでしょ?」
川上 「決めますね。あと、今回はこのテーマをとりあげようという、ゴロリとしたものがあって……」
桐野 「でも、たいしたテーマでもないのよ。例えば、「人間の見栄について」とかさ。で、見栄を張る人間ってたくさんいるじゃない?」
川上 「見栄っ張りがたくさんいそうだからという理由で、タワーマンション?」(※)
桐野 「そうそう。『ナルシストについて書きたいわ』と思ったら、ものすごくナルシストな誰かを徹底的に観察するとかね」

さらに、川上は桐野と出会ったときのエピソードを披露する。初対面のとき、桐野は携帯電話に入っている飼い犬の写真を「愚犬です」と言いながら、見せたのだとか。そのとき、川上は「ただ者ではない」と確信したという。

川上 「あのシチュエーションで(声色を作りながら)『うちの愚犬です☆』なんて言う人、なかなかいないですよ」
桐野 「つまらない冗談言ってるな、私……と思ったんですけど」
川上 「桐野さんの小説のラストシーンもバッドテイストに満ちているでしょう。でも、そこにあるバッドテイストって紛れもなく私たちの日常を作り上げてるものなんです」
桐野 「でもねー、私、バッドテイストってユーモアのつもりでやってるの」
川上 「もちろん、もちろん! どなたかとの対談で、桐野さんは悪趣味な服を着るのが好きってお話もされていて。“バッドテイスト好き”みたいなところありますよね」
桐野 「うん、わりと好きですね」

照れ笑いする桐野。 それまでの“女ハードボイルドのお手本”といった風情の桐野とは一変した、茶目っ気たっぷりな横顔にグッとくる。そして、その表情を引き出したのは、まぎれもなく川上だ。圧倒的な敬意と、無邪気な図々しさ。ぐいっと踏み込み、すっと引く。後輩女子の鑑(かがみ)とも言うべき振る舞いで、人の皮を一枚めくることを欲して止まない直木賞作家を、まさに一皮めくってみせたのだ。
(島影真奈美)

※桐野夏生の小説『ハピネス』では、東京・湾岸地区のタワーマンションに暮らすママ友たちの微妙で複雑な人間模様が描かれている。同作品は「私の“キレイ”が家族の幸せ」をコンセプトとして掲げる女性誌「VERY」で連載されていた。

●文庫で「桐野夏生」リスト
『柔らかな頬』(直木賞受賞作)
『顔に降りかかる雨』
『OUT』
『グロテスク』
『残虐記』
『魂萌え!』
『東京島』
『女神記』
『ナニカアル』

●文庫で「川上未映子」リスト
『乳と卵』(芥川賞受賞作)
『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
『ヘヴン』
『愛の夢とか』
『発光地帯』『世界クッキー 』
『オモロマンティック・ボム!』