今週はこれを読め! SF編

 イタリアは古くはダンテ、現代ではイタロ・カルヴィーノ、ディーノ・ブッツァーティ、トンマーゾ・ランドルフィなど傑出した想像力の文学を輩出している国だ。だから、けっして侮っていたわけではない。しかし、まさかSFでこれほどの衝撃作品が書かれているとは! 本書は異様生態系テーマの頂上に位置する傑作である。



 酉島伝法『皆勤の徒』(本欄で紹介)は、ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』や椎名誠『アド・バード』『武装島田倉庫』の系譜で超進化を果たした、異様生態系/異様語彙の極致だった。それに対して『モンド9』は、ブルース・スターリング「巣」やパオロ・バチガルピ「砂と灰の人々」を髣髴とさせる猥雑生命/暗澹環境のスペクタクルだ。スターリングやバチガルピは短篇小説の切っ先でグロテスクな世界の情景を切りとって見せたが、ダリオ・トナーニは同等の強度を保ったまま(むしろ尻上がりで)長篇を語りきっており、こちらも超進化の極致と言ってよかろう。もうこうなったら、デンポーさんとダリオさんとでタイマン張って、ぜひ最強伝説をつくってほしい。ついていける読者だけついていきますから。



『モンド9』はそのまま取れば「9番目の世界」ということで、どうやら人類が植民した惑星らしいのだが、その由来はいっさい明かされない。毒性のある砂漠ばかり広がっていたり、剣呑な海に浸されたりしているこの世界で、人びとは生きていくだけで精一杯だ。過去を気にする余裕も未来への希望もない。テクノロジーもあるにはあるがその原理は失われているようで、職人的な修理がせいぜいで騙しだまし使っている。いずれにせよ作中人物の限られた視点から語られるので、展望的に環境を把握することができない。



 第一のエピソード「カルダニカ」では砂漠をわたる輸送に深刻な事故が起こり、乗員たちは命からがら別々の救命ユニットに分乗して脱出する。その救命ユニットが「継手タイヤ」と呼ばれているのが、この作品の独特な雰囲気を象徴している。歯車やパイプやシャフトで構成され、オイルや潤滑油が流れる無骨な機械。ユーザーフレンドリー的な発想など端からない装置。しかも、もともとは軍事ユニットに組みこむために設計されたもので、いまは機能を「眠らされているだけ」とも言われている。



 継手タイヤ1号で脱出したガッラスコとヴィクトルは、自分たちが乗るこの装置が音楽を奏でたり話しかけてくることに気づく。ただし意味はよくわからない。その機構は自動(しかもシリンダー式というローテク)なのだが、意思があるかのような無気味さ。そのうえ、操舵室の天井から生温かく粘りけのある液体がしたたり落ちてくる。誰かもしくは何かが血を流しているらしい......。ここに来て、ガッラスコとヴィクトルの生命を守る脱出ユニットだったはずの継手タイヤは、残酷な処刑機械の様相を帯びてくる。ひたひたと狂気が広がりだすが、それは人間の内側から来るものなのか、それとも機械(いまやこの閉鎖空間を支配する全能者だ)そのものに宿ったものか。



 第二のエピソード「ロブレド」は、砂漠で原始的な狩猟をして命をつないでいた少年ユースフの物語だ。行方不明になった父親を探すうちに、彼は巨大構造物へと入りこむ。どうやらこの構造物は、第一エピソードで遺棄された輸送船らしい。ただし、その内部は気味の悪い鳥どもが巣くう魔境と化していた。おびただしい数の卵があり、それが孵化すると歯車、ワッシャー、ねじ、ナット、ばね、自在継手などが出てくる。ほどなくユースフは気づく。自分もまた巨大構造物という卵に閉じこめられた存在なのだ。この啓示は、継手タイヤのなかでガッラスコとヴィクトルが到達した狂気と相似だ。これを敷衍すれば、モンド9そのものがひとつの卵であり、人はそこで孵化を待つだけのできそこないの機械部品にすぎない。



 実際、生体と機械との区別がないことが、物語を読み進むにつれてあきらかになっていく。ユースフにつきまとうヒナ鳥は、小さな歯車や蒸気を噴く爪を生やしオイルにまみれながら、羽毛も備えている半生物/半機械だ。第三エピソード「チャタッラ」では、人間を金属化する〈疫病〉が語られる。また、もともと機械として作られたものでも、やがて変質してときに獣のようなふるまいをみせる。生体と機械(それも重金属的な)の融合というとチープなイメージに受けとられてしまうかもしれないが、ぼくがこの作品から連想したのはダリの「燃えるキリン」やギーガーのバイオメカニクスだ。



(牧眞司)




『モンド9 (モンドノーヴェ)』
 著者:ダリオ・トナーニ
 出版社:シーライトパブリッシング
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