■大成するコツは斜に構えた物事の考え方

 長野五輪での日本ジャンプ勢の活躍が刺激になって、小学生の渡部暁斗は「ジャンプ選手になりたい」という思いで競技を始めた。しかし、周囲から「クロスカントリーもやれ」と強制されてノルディック複合の選手になったが、やっているうちに成績が出始めて、高校からは複合に専念。高2でトリノ五輪(2006年)に出場した当時は、ジャンプは飛べるが走りは苦手――という、日本人選手の典型的なタイプだった。

 ところが、暁斗が大学2年の2008−2009年シーズンから試合形式がジャンプ1本+距離10キロに変更されて、走りの比重が高くなってしまった。にもかかわらず結果を出し続けられたのは、ケガの功名だったという。

 10代の終わり、成長とともに筋肉がつき、身体の動きも変わった暁斗は、ジャンプが飛べなくなっていた。

「当時はひとつ格下のW杯Bに参戦していたのですが、ジャンプがダメで、クロスカントリーを30〜40番手からスタートしていたことが逆に良かったのだと思います。最初から突っ込んで行くしかない状況の中、走りの強い選手が周囲にたくさんいたので、彼らにもまれる経験ができたからこそ、今があると思います」

 早大進学後は、河野孝典・日本代表ヘッドコーチと相談し、「体格が小さいので、効率の良い走りを追求して勝負する」という方向性が定まった。走りの強さや駆け引きのうまさで定評のある小林範仁が代表チームにいたことも、プラスになった。チームの中で徐々に走力を養い、エースの小林に次ぐ2番手として2009年の世界選手権・団体で金メダルを獲得すると、翌年のバンクーバー五輪ではラージヒル個人で9位。団体でも6位入賞に貢献した。

 さらなる飛躍を遂げたのは、2011年の春に北野建設へ就職してからだ。当時は、北野建設に所属するジャンプ選手の竹内択が白馬で行なわれたサマーGPで2戦連続3位になるなど、周囲のジャンプ選手が急激に力をつけてきた時期だった。さらに、横川朝治・日本代表ジャンプチームヘッドコーチからは、新たなジャンプ理論を学んだ。それらひとつひとつが勉強となり、自らのジャンプ技術を磨いていったのだ。

 成果は、その冬に出た。W杯開幕戦のクーサモ(フィンランド)で自身2度目の表彰台となる2位に入ると、翌日は3位。そして、W杯終盤の2012年2月から4勝を挙げ、総合2位を獲得した。そして翌2012−2013年シーズンは表彰台に6回上がり、総合3位という安定感を見せたのだ。

 暁斗は、自分が取り組んでいるノルディック複合という競技について、「中途半端な能力しかなくて、器用貧乏みたいな選手がやっている競技なのかもしれません」と自虐的に表現する。

「たとえ複合でトップになっても、ジャンプやクロスカントリーの専門種目と比較すれば、トップには遠い。そんな競技だからこそ、ある程度は斜に構えて考える方が、複合で大成するんじゃないでしょうか。『あんなに遠くへは飛べない』とか、『あんなに速くは走れない』と分かっていながらやらなければいけない競技ですから」

■W杯の方がレベルは高いと信じてもらうため

 ただ、スキーが本当に好きだという気持ちでは、複合の選手はどの競技にも負けていないはずだと暁斗は語る。ジャンプやクロスカントリー、アルペンスキーなどすべての競技を総合して争う、「真のキング・オブ・スキー」種目があれば、優勝するのは複合の選手だという自負もある。

 スキーが本当に好きだからこそ、「どうすればもっと遠くへ飛べるか」「どうすればもっと速く走れるか」ということを考え続ける。それが、たまらなく面白い。暁斗は、センスで競技をしているというより、理論で考え、それを実践して自分を向上させたいと願うタイプだ。

 今季の彼の走力アップは、そんな面から生み出された。最後のスプリント力があるライバルに勝つためにはどうすればいいのか。コースの形状や雪質や気象条件はどうなのか。すべての要素を総合的に考える行為こそ、渡部暁斗の真骨頂だろう。

 河野ヘッドコーチはこう言う。

「現在の暁斗の安定感は、走力の向上によるところが大きいですね。以前はジャンプでトップに立たなければ勝負できない状況でしたが、今季はスプリント力が向上しているので、ジャンプを『ほどほどで大丈夫』という余裕のある状態で飛べています」

 そんな精神的余裕が効果を発揮したのは、ソチ五輪での初戦に行なわれたノーマルヒル個人だ。

 メダルへのプレッシャーは大きく、ジャンプの試技でミスを出しながらも、本番ではキッチリと飛ぶことができた。「暖かくなって雪も緩んでいるので、クロスカントリーでは自分の良さを発揮できる」という思いが心の底にあったのだろう。クロスカントリーで後続のライバルたちを20秒以上離し、6秒先にいる今季W杯7勝のエリック・フレンツェル(ドイツ)とレースを作れるようになった瞬間、暁斗はメダル獲得の大きな手応えを感じたはずだ。

 獲るべくして獲った銀メダル――。それをもたらした要因のひとつは、「五輪は4年に一度、向こうからやってくるもの」という考え方だ。

「最大の目標は、世界一になること。それは五輪や世界選手権ではなく、本当の強さが必要なW杯総合優勝です。五輪はそれを狙う過程で、時々飛び込んでくる試合でしかない、と思っています」

 だが、五輪でメダルを獲らなければいけない理由もよく分かっている。現在の日本では、評価されるのはW杯ではなく、五輪だ。目標とするW杯総合優勝へ向けて競技を続けるためには、資金がいるし、支援や応援も必要だ。それらを得るためには、五輪で結果を出して注目してもらわなければならないのだ。

「五輪でメダルが獲れたのは、僕にとってすごく大きいことです。これでようやく、自分の翼を広げることができる。メダルを獲らなかったら、いくら『五輪よりW杯の方がレベルは高い』と言っても、なかなか信じてもらえないから。でも、メダルを獲ったから、そういう言葉も少しは意味のあるものとして受け止めてもらえると思います」

 ノルディック複合を職人のような気持ちで突き詰めて、世界一になりたい――。その道を邁進するために必要な五輪メダルを手にした暁斗は、すでに冷静な視線をその先の戦いへと向けている。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi