NY発 ファイナンシャルINSIDE_3月号
証券や金融派生商品の投機的な自己売買を原則禁止した「ボルカー・ルール」がウォール街で不評だ。米国政府流の“ウォール街叩き”で損するのは株主と銀行員、ウハウハ顔なのは弁護士だけ、という皮肉な現象が生まれている。

「こいつだけは許せない」。ウォール街で働く10年来の友人トレーダーが毒づいているので、誰かと聞くと、こんな名前が返ってきた。ポール・ボルカー。米国の中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会)の元議長である。

この友人は就職浪人中で、このほど「クビ宣告」された。小学校に通う子供を2人抱え、アパートを購入したばかりなのだが、所属していた自己売買部門が人員削減を決めたあおりを食ったのだ。リストラの理由を聞いてみると、「遠因はボルカー元議長にあるのだ」と友人は主張した。

通称、「ボルカー・ルール」。昨年12月10日、米国政府は銀行の自己売買を規制する案を発表。名前が示すように、同ルールはボルカー元議長が提案した。金融機関が過度なリスクを取ったがために世界恐慌が起こりそうになった2008年の金融危機の反省が根っ子にある。

1980年代にインフレと闘ったボルカー元議長は、「金融の技術革新で社会の役に立ったのはATMぐらい」と公言するほどウォール街嫌いである。金融危機後にオバマ大統領の経済アドバイザーとなるが、その際に2009年に施行された金融制度改革法の中核となるボルカー・ルールを提案した。それを受けて、米国規制当局が同ルールの具体的中身を決めたのである。同ルールが施行されれば、ウォール街の自己勘定の収益が1割減るというのがアナリストの見方。監督当局への開示義務なども発生するので、同部門の運営コストも上がる。筆者の友人には申し訳ないが、銀行がリストラに向かうのは当然である。

証券や金融派生商品の投機的な自己売買を原則禁止したボルカー・ルールは目次を含めて892ページもある。「ヘッジ」と呼ばれる損失を防止する取引や、顧客のために在庫を抱えて売買する「マーケットメーキング」などは禁止の例外となる。ボルカー・ルールの特徴としては、「原則の例外」や「例外の例外」が複雑に絡み合っている。法令順守の期限は2015年7月と先だが、リスクの計量方法など法令解釈などで今後もひと悶着ありそうな気配だ。

もっか、米国政府は金融危機前後に起きた不正を泥縄式に取り締まり始めており、JPモルガン・チェースやバンク・オブ・アメリカなど大手銀行が標的になっている。強欲な銀行家個人を訴追するのではなく、銀行という組織全体を処分しているので、大衆迎合的な色彩が濃い。米国民にとっては、悪徳経営者が牢屋に入らなければ溜飲が下がらないし、組織を訴えても1ドルも返ってこないからだ。

ウォール街を顧客とする弁護士が集まるニューヨークのPLI(法務協会)で最近ホットな話題は、ボルカー・ルールや法執行。米国政府流の爛Εール街叩き〞で損するのは株主と銀行員。一方でウハウハ顔なのは、法令順守ブームに乗っかった弁護士だけという皮肉な現象が生まれている。

松浦 肇(Hajime Matsuura)
産経新聞ニューヨーク駐在編集委員

日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナリズム・スクールにて修士号を取得。




この記事は「WEBネットマネー2014年3月号」に掲載されたものです。