「Thinkstock」より

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 職場におけるセクシャルハラスメント事案はあとを絶たずに発生している。これまでセクハラは異性間にのみ成立するものと考えられてきた。だが最近では、同性間でも成立すると認識が改められつつある。

 事実、厚生労働省は昨年12月24日、異性間のみならず同性間の言動でも職場のセクハラに該当することを盛り込んだ男女雇用均等法の改正指針を公布、今年7月1日に施行する運びとなっている。

 では、同性間のセクハラとは、いったいどのようなものなのか。例えば、男性上司が男性部下に対して「男のくせに」と叱責すること、これもセクハラに当たる。ましてや「最近、奥さんと夜の生活どう?」と聞くこと、これはもう完全にアウトだ。

●同性愛セクハラでうつ病になり、退職

 これらは“同性間セクハラ”であるが、近年、増えつつあるのは“同性愛セクハラ”だ。男性同士、女性同士による職場での性的行為を伴う嫌がらせのことで、これは本来、刑法上の強制わいせつ罪、または傷害罪に該当し、厳しく罰せられる行為である。しかし、現時点では、同性愛セクハラによって罰せられた事案は極めて少ない。被害者側が声を上げることがほとんどないこと、また声を上げたとしても、社会の同性愛セクハラへの理解が極めて乏しいことが障壁となっている。

 ある大手コンピュータメーカーに勤務する男性は、勤務時間中、職場の上司から股間を握られるなどの同性愛セクハラを受け、職場のハラスメント対応部署に申し立てたが、「上司・部下間のコミュニケーションの一環ではないか」と申し出そのものを一蹴されたといい、 「まだ同性愛セクハラという概念が社会で浸透していないからでしょうか。会社側の対応はとても残念です」と悔しがる。

 この男性は、その後も度重なる同性愛行為を伴うセクハラを受け、フラッシュバックやうつ症状に悩み、結局、職場を自己都合退職することになった。精神疾患を発症する状況下で、再就職に向けた活動もままならないのが現状だ。

●客観的な証拠がなければ、なかなか動いてもらえない

 こうした同性愛セクハラ事案は、一般企業のみならず官公庁でも頻発しているようだ。とりわけ、その職種上、寝食を共にし、四六時中顔を突き合わせて勤務する警察や自衛隊、消防といった“制服職種”に、その傾向は顕著である。

 昨年7月、東北地方の陸上自衛隊において、当時隊員だった男性が上司から同性愛セクハラを受ける事案があったという。演習後、元隊員がテントで寝ていた際、上司が覆い被さってきて、キスをされたり体を触られたという。

 元隊員は、「目が覚めた時、唇から他人の唾液の味がした。その恐怖感は今でも時折思い出す」と言う。フラッシュバックの症状である。この被害により、この元隊員もうつ症状などに悩まされている。精神科医からは神経衰弱の診断書が出た。

 元隊員はこの同性愛セクハラについて、職場環境の改善および当該行為を行った上司の謝罪を求めて、他の上司に申し立てた。だが、元隊員が望む対応はなされなかった。客観的な証拠がないからだ。元隊員は、「最も許せないのは、同性愛セクハラを行った上司もさることながら、自衛隊側の対応です」という。

 もし、同性愛セクハラの場面を映した動画などがあれば話は違うだろう。確固たる証拠があれば、職場側もそれなりの対応ができるし、せざるを得ない。しかし、そうした客観的な証拠がない以上、職場側としては「あくまでも被害者と自称する者の話」としての対応になる。

●事実を抑え込もうとする自衛隊

 事実を明らかにするには、警察署または自衛隊内の警察組織である警務隊に「被害届」を出す必要がある。しかし、上司らは「もし被害届を出せば、加害者とされる上司に対する名誉毀損に当たる」として、元隊員が被害届を出すことを取りやめさせようとしたという。

 加えて、元隊員は一般企業への転職が決まっており、以前から依願退職を申し出ていたが、「この事案について被害届を出すのであれば退職を認めない」と、圧力をかけてきたと話す。退職が認められなければ、内定を得た企業への入社予定日に間に合わない。元隊員は、今後の進路を考え、同性愛セクハラ被害の被害届を出すことなく自衛隊を退職した。つまり、事実を明らかにする機会を失ったのだ。

 自衛隊側は、この同性愛セクハラ事案をどのようにとらえているのだろうか? 陸上幕僚監部広報室に問い合わせた結果、以下の回答を得た。

「(元隊員が主張する同性愛セクハラ事案について)調査は行いました。本来、セクハラ事案は、規則上、被害申し出の隊員が属する部隊長が解決することとなっています。しかし、この件は陸幕服務室【編註:陸上自衛隊の隊員の規律違反を取り締まる部署】が当該隊員の申し出を受け、上級部隊による調査が適切と判断し、対応しております」

 つまり、自衛隊側は適切な対応を行ったと主張しているのだ。

 ところで、『セクシャル・ハラスメントの防止等に関する訓令 第4条』には、「職員を監督する地位にある者(監督者)は日常の執務を通じた指導等によりセクハラの防止及び排除に努めるとともに、セクハラに起因する問題が生じた場合には迅速適切に問題解決の措置をとる」と規定されており、セクハラ事案が発生した際には、防衛省・自衛隊では、同性愛および異性愛の区分がされていない。すなわち、どちらの場合であっても同様の対応を取ることになっている。

●対応したと話す本社、事実を隠したい現場

 密室で行われるセクハラ事案は、客観的証拠がなければ、真実は当事者同士にしかわからない。

 現在、退職して一般企業に勤務する前出の元自衛隊員男性は次のように語る。

「訓練中の同性愛セクハラは、自衛隊では十分に起こり得る事態です。私が伝えたいのは、自衛隊は『自衛隊というブランド』を守るため、不都合な事実を覆い隠すところがあります。どこの組織でもコンプライアンスの欠陥はありますが、今回の件では、自衛隊は秘密裏に私を去らせることが組織にとっての正義でした。これが自衛隊にとって正常なことなんです」

 自衛隊を一般企業に置き換えても同義かもしれない。

 どこの企業でも、もしセクハラ事案が表面化したならば、企業側のうち、“川上”に当たる本社や広報を預かるセクションは「きちんと対応した」と言うだろう。だが、事案が発生した現場、支社や支店といった“川下”では、どうしても都合の悪いことは隠したい、だからできるだけ事を過少申告する。そして、ひずみが出てくる。

 時代を問わず、自衛隊は日本社会の縮図だといえる。約13万6000人の隊員数を誇る陸上自衛隊は、いわば“伝統ある巨大企業”のようだ。すなわち、ここで起きる問題は、一般企業でも十分起こり得る話である。

 同性愛セクハラ事案発生時、企業はどう対応すべきか。そのヒントが、被害に遭ったという元隊員の証言、陸幕広報室のコメント、双方に含まれているのではないだろうか。
(文=秋山謙一郎/ジャーナリスト)