■新しいスケート靴を求めてアメリカへ

 1月18日から長野市のエムウエーブで行なわれた世界スプリントで小平奈緒は、総合5位だった。トップ選手が少ない中での不本意な結果に表情を曇らせたが、ソチ入り後、2月5日の記録会を終えると表情を明るくした。

 レースで37秒93を出したのだ。指導する結城匡啓コーチによれば、標高0mのソチの記録は標高300m強の長野と比較すると約プラス0秒20。その計算なら37秒73で、彼女が昨年10月にエムウエーブで出した37秒87の国内最高記録を大きく上回ることになる。

 小平は世界スプリントの時、「エムウエーブの硬い氷には今使っている硬めのブレード(スケートの刃)は向かないと思うけど、ソチのリンクは結構氷の食いつきがいいので。体力を生かして力を氷にうまく伝えれば、そのまま返ってくるイメージがしています」と話していた。そんな予想がほぼ正解だったことを、その記録で確認できたのだ。

 2010年のバンクーバー五輪後、世界と戦うためにはもう少し筋力が欲しいと思っていた結城コーチの思惑を先取りするかのように、小平は自ら男子並みのトレーニングをしたいと申し出た。そして、11年春から始めた取り組みが、12年1月にソルトレークシティで出した37秒42の日本記録につながったのだ。

 その時履いていたスケート靴は新調したばかりで、土踏まずのアーチが高過ぎて小平に合っていなかったという。それでも日本記録を出せたのはパワーがついていたからだと結城コーチは語る。その上で次は、靴について新たな試みをした。

「その2年ほど前から小平は靴職人の三村仁司さんにトレーニングシューズを作ってもらっていたんですが、足の測定に行って『この部分が弱いからこう鍛えろ』と指摘されるところが僕の感じていた部分と同じだったんです。それで次の測定の時にスケート靴についても相談し、少し余裕のある物を作ろうと決断しました」

 こう話す結城コーチは「練習が中断されるから」と渋る小平を説得して、夏前にアメリカのスケート靴職人の元を訪れ、新しい靴の制作を依頼した。

「スケート靴は普通頼んでから完成まで1年はかかるから、12〜13年のシーズンはバンクーバー五輪の靴を使っていました。ところが、1月の世界スプリントで小平が第2カーブの出口で転倒してしまって。あとでビデオを見るとスピードに靴がもたなかったとわかったんです。それで『新しい靴でいくしかない』と、私も小平も腹を決めました」

 靴職人が異例の早さで仕上げてくれたおかげで、2月には手元に届き、シーズン最後のW杯や世界距離別選手権で試せたことは大きかった。


■スケート靴に求めた変化は間違いではなかった

 そして結城コーチが次に試みたのが、男子並みに硬いブレードを使うことだった。ブレードは硬ければ硬いほど力の反発を前進させる力に変えられるが、ある程度しなりがないと操作しづらくなる。

 そんな理由もあり、使用に踏み切れずにいたが、筋力アップに伴い、13年の春からは本人も納得して硬いブレードに踏み切った。

「世界的にハイスピード化しているので限界をもうひとつ先に置きたかったんです。でも硬い刃はまだ使いこなせていない部分があるので、友だちにはなれても、親友にはなっていない感じですね」

 小平はブレードについて五輪前、そう話していたが、12月の代表選考会で1500mの代表を逃したのも、それを使いこなす自信がなかったからだろう。後半の体力に不安があり、思いきりいけなかったのだ。

 また500mでも、最初の100mの滑りで力を使い過ぎているように見えた。それは、ブレードの反発を制御できなかったという理由もあるはずだが、ソチの記録会では、5歩目から滑らせるスケーティングができるようになり、それが100m通過タイム自己最高の10秒42につながったのだ。メダルへの準備はギリギリ間に合ったものの、2月11日の本番レースでは、1回目から硬い滑りになってしまった。

 小平の滑走は最後から2組目の第17組。その後には今季絶好調の李相花(イ・サンファ/韓国)がいた。

 ところがレースが始まると、製氷前の前半グループで、中国のチャン・ホンが37秒58、後半にはオルガ・ファトクリナ(ロシア)が37秒57の記録を出し、予想外に好記録が続出。それが小平の体を固くしたのか、もうひとつしなやかな伸びに欠け、37秒88の7位発進となった。

 追い込まれた小平は、橋本聖子団長と結城コーチから「思い切っていけばいい」と声を掛けられると、覚悟を決めた。

「2回目はタイムを上げていこうと思っていました。昨日男子を見ていて、ロナルド・ムルダー選手が同じアウトスタートインあがりの2回目で驚異的なタイムを出していたので」

 開き直った小平は素晴らしいスタートを切り、伸びやかな滑らせるスケーティングをして、100m通過で自己最高の10秒37を出した。最後は突き放されたが、平地自己ベストの37秒72でゴールした。

 優勝は李相花で、37秒42、37秒28とタイムを揃えた。順位を5位に上げた小平の合計タイムは75秒61。銅メダル獲得のマルゴット・ボーア(オランダ)との差は0秒13。メダルに手が届く範囲だった。

「1回目に37秒7を出していればという気持ちはあります。でも1回目から2回目とタイムを上げられたので、それが自分のベストだったのかなと思います。今日は表彰台に上がった3人と、私より上に行ったチャン選手を讃えたいと思います」

 こう話す小平に、今回でブレードと親友になれたかと尋ねた。すると彼女は「親友にはなりきれなかったけど、友情を感じられる程度にはなりました」と言って微笑んだ。

 さらに友情を深めて本当の親友になり、世界の頂点に上り詰めたいという思い。彼女はすでにその目標に向けて意識を切り換えている。

取材・文●折山淑美 text by Oriyama Toshimi