フィリピン在住17年。元・フィリピン退職庁(PRA)ジャパンデスクで、現在は「退職者の ためのなんでも相談所」を運営する志賀さんのマニラレポート。社会福祉のおかげで家族制度が崩壊しつつある日本。一方、家族という強力な社会制度を維持するフィリピンは、何があろうが生き抜く活力に満ちている。

日本は国家の福祉に頼らざるをえないメタボ社会

 日本では予備軍も含めて800万人の認知症のお年寄りがいるという。そしてこの方たちの多くが、一人あるいは夫婦だけで暮らしている。私のまわりを見渡して見ても、子ども夫婦と一緒に暮らしているお年寄りはほとんどいない。お年寄りは皆、口をそろえて「子どもたちに面倒はかけたくない」と話す。そして子どもたちも将来、親の面倒を見るという気はない。

 かといって、いざ親が認知症など介護を必要とするときが来たら放っておくわけにもいかない。特別養護老人ホーム(特養)は40万人の入居待ちがおり、私設の有料老人ホームに入れようにも一般人には高嶺の花だ。

 そうなると介護のために会社を辞めたり、離婚して親の介護に専念したり、自分の家族を犠牲にせざるを得ない方も多い。だからこそ、お年寄りはますます子どもに面倒をかけまいと、一人住まいや介護拒否が加速する。そして最終局面では、面倒を見るほうも見られるほうも地獄を見ることになる。

 日本は戦後、年金、健康保険、介護保険、生活保護などの社会福祉を充実することにまい進してきた。しかし本格的な少子高齢化社会の到来で膨大な国家予算をつぎ込むことなり、その破綻は秒読み段階に入っている。日本はそれぞれの福祉制度に、フィリピンの国家予算をはるかに超える予算を割り当てている。しかもそれは、国債などの借金で賄われているのだ。

 政党は票集めのために社会福祉の充実を旗印にしているが、現実は年金支給開始年齢の引き上げ、個人負担の増額、在宅介護の奨励などコスト削減にやっきだ。このままでは膨大な国家の負債により財政、そして国が破綻してしまうからだ。

 しかし手厚い福祉制度に胡坐をかいて、核家族化と無縁社会をまい進してきた日本人は、国家の福祉に頼らざるをえない体質(メタボ社会)になってしまっている。

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