数々の音楽誌に寄稿するクラシック音楽専門のライター/ジャーナリスト、片桐卓也さん。その読書遍歴は、中学生の時に出合った一篇の詩から始まりました。

(覆された宝石)のやうな朝

 こんな一行から始まるのが、戦前から戦後にかけて日本の現代詩を牽引した、西脇順三郎の三行詩『天気』。「小学生の頃から詩を読むのが大好きで、当時(昭和30年代)の文庫に入っていた詩人の詩を片っ端から買って読んでいた」という片桐さんが、至極衝撃を受けた一行でした。

「西脇さんは、現代詩の中でも特に前衛的な作風をお持ちの方。この『天気』は『ギリシャ的叙情詩』という作品群の中の一篇で、中学の頃に本屋でたまたま出合いました(岩波書店刊『西脇順三郎詩集』に収録)。"こういうものが詩なのか"と、初めて強く印象に残った作品ですね。三行しかないのですが、非常に不思議な世界。この三行の中に宇宙全体が入っちゃっているような......。スノードームのようなものを手にした感じともいうのか。こういう言葉の世界があることを知らなかったので、とても衝撃的でした」

 大好きな詩をきっかけに、徐々に読書の世界を広げていった片桐さん。同じく中学時代に出合ってとても惹き付けられたというのが、梶井基次郎の『檸檬』でした。

「本屋で"檸檬"という漢字が読めなくて(笑)。これは何だろうと気になり買って帰ったんです。文庫本にしてわずか7ページ程度の短編小説なのに、その時代の世相や、抑圧されていた主人公=書き手の気持ちがすごくストレートに伝わってきて。僕自身は抑圧されたひねくれた中学生というわけではなかったんですが、とても惹き付けられましたね。以降、僕にとっての梶井基次郎は、ずっと持ち歩いて読むぐらい好きな作家になりました」

 31歳の時に肺結核で亡くなり、生涯に残した作品は20篇程度。とても短命だった梶井基次郎。片桐さんはなぜか「わりと早くに亡くなられてしまった方の短編小説」に心惹かれるのだそうです。

「梶井基次郎はもちろんですし、33歳で亡くなってしまった中島敦もそう。それから戦後の方でいうと、『三田文学』の編集長としても知られた山川方夫さん(享年34歳)。21歳の頃に書かれた『安南の王子』という小説は、今読んでも面白いんです。ひとつひとつのシーンの描き方に、いかにも戦後のある一時期、戦争が終わって世の中がまだざわざわしていた時の、若者たちのふわふわした感じがすごくよく出ているんです。高校の時に友達が教えてくれたんですが、小説を読むような雰囲気をまったく持っていない奴からいきなり勧められたので、不思議でしたが(笑)。最初に読んだ時から引っかかるものがあり、それ以来たびたび読んでいます。突然クライマックスがきてパッと終わっていく......ある種映画のような雰囲気があって、すごく面白いんですよね」

〜後編では、片桐さんお薦めのクラシック音楽にまつわる本も登場。お楽しみに!〜

(クレジット)
取材・文=根本美保子

(プロフィール)
片桐卓也(かたぎり・たくや)
1956年福島県生まれ。音楽ライター/ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経てフリーの編集者&ライターに。1990年頃からクラシックの演奏家への取材に精力的に取り組み、現在『音楽の友』『モーストリー・クラシック』などクラシック音楽専門誌を中心に活躍中。著書に『クラシックの音楽祭がなぜ100万人を集めたのか 〜ラ・フォル・ジュルネの奇跡〜』(ぴあ刊)、共著に『この曲、わかる? 聴きながら楽しむクラシック入門100』(ヤマハミュージックメディア刊)など。



『ほんとうの環境問題』
 著者:池田 清彦,養老 孟司
 出版社:新潮社
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