劇団民芸出身で、ヤクザや刑事など怖い印象の役が多かった俳優の綿引勝彦氏は、1990年代にドラマ『天までとどけ』で大家族の父親役を演じたことで、親しみやすいイメージを獲得した。みんなのお父さんとなった綿引氏が「天までとどけ」で多くの子役たちと共演した思い出について語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一がつづる。

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 綿引勝彦は1980年代までの強面のイメージから一転、1990年代にはテレビゲーム「ポケットモンスター」のCMやバラエティ番組の出演などで柔和な雰囲気を多く見せるようになっている。大きな転機となったのは1991年にスタートした昼の連続ドラマ『天までとどけ』(TBS)だろう。足かけ十年続いた本作で、綿引はアットホームな大家族の父親役を演じている。

 シリーズ開始時点での夫婦には、上は高校生から下は赤ん坊までの十二人の子供がいる設定だった。そのため、多くの子役たちと共演することになる。

「最初は大変でしたよ。小さな子供たちばかりだったから、本番で僕たちがセリフを言っている間も勝手に喋り出したりしてね。最初は『喋っちゃいけない』って言ってたけど、これも一つの家族の雰囲気だと思って。それで『喋りたいなら気にするな。ほどほどならオッケー』と言うようになっていきました。

『撮影が始まる前に家族の輪を作ろう』というプロデューサーの発案で、南伊豆の下賀茂に三泊の合宿に行ったんです。台本の読み合わせもしましたが、ほとんどはみんなで泳いだりして遊んで。それで非常にいい雰囲気が作れました。

 黙って見ていると、段々と子供の縦関係が出来ていくんですよ。大きいお兄ちゃんやお姉ちゃんが、僕たちが何も言わなくていいくらいに注意するようになっていきました。しかも役名で呼び合うんです。『五郎、そんなことをしたらダメだぞ』って。このプロデューサー、いいことするなあ、と思いましたね。

 僕がこういう役をやったことには周囲は驚いていました。僕自身としても、これで『今までの俺と違う世界ができる』と思えて、本当に嬉しかった。

 毎年八月に撮影していましたが、十年もやっていると子供たちの成長が如実に分かります。立ち振る舞いが大人になって、最後の方は子供たちで芝居を作っていました。ですから、毎年夏に子供たちに会うのが楽しみでした。これも一つのいい出会いだったと思います」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか新刊『あかんやつら〜東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)が発売中。

※週刊ポスト2014年2月28日号