世の中がやけに華やかだった昭和の終わり、昼夜を問わず大都会を疾走していた私鉄電車。通勤通学から家族旅行まで、さまざまな思い出はそんな電車と共にあった。

 たとえば、小田急のロマンスカー。首からカメラを下げた父の後ろを、ワンピースで着飾った母に手を引かれる子供たち。休日ともなれば、そんな家族連れが新宿駅の雑踏を急いだ。大きな窓に横引きのカーテンが珍しく、CAのような制服で微笑む乗務員に緊張したものだ。

 四半世紀の時を経て、役目を終えた昭和生まれの電車たちは地方の鉄道に売られていった。全国91ある地域鉄道の69社が赤字に喘ぎ、廃線の憂き目をみる路線も後を絶たない。そこで窮余の一策、新品なら1両数億円の車両を無償、もしくは1000万円余りで買い取り走らせているという。

 たとえば、かつて横浜、田園調布を駆け抜けた東急7000系は弘南鉄道(青森)で、小田急ロマンスカー10000形は長野電鉄(長野)で、いずれも現役として活躍している。東急沿線の住民に「青ガエル」の愛称で親しまれた東急5000系も、熊本電鉄(熊本)で活躍中だ。

 こう聞けば都落ちの悲哀が漂ってきそうだが、さにあらず。沿線には県外ナンバーの車が並び、鉄道ファンだけでなく、昔を懐かしむ中高年の姿が増えている。地元でもかつての名車両を観光資源にしようと、車体にアニメのキャラクターを描いたり内装を一新するなど工夫を凝らす。

 戦後日本の技術の粋を集めて生まれた昭和の私鉄電車。第二の人生を疾走する雄姿を見に行く旅、というのはいかが。

※週刊ポスト2014年2月28日号