真央ブログより

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 連日、盛り上がりを見せるソチ五輪だが、目玉はなんといっても、引退を表明している女子フィギュアスケート浅田真央が、バンクーバー五輪の金メダリストであるキム・ヨナに雪辱を果たせるかどうかだろう。

 しかし、この世紀の対決を前に、根強くささやかれてきた“ある疑惑”が噴出している。それは、ヨナ陣営および韓国による八百長や買収疑惑だ。

 たとえば、「週刊文春」(2月20日号/文藝春秋)は『浅田真央「金」最大の壁 キム・ヨナ高得点の「闇」に迫る!』と題し、ヨナの高得点の背景としてIOC(国際オリンピック委員会)のスポンサーである韓国の電子企業サムスンの影響力を指摘。「アサヒ芸能」(1月23日号/徳間書店)でも、『キム・ヨナ「怪しい高得点」の裏カラクリ』として、国際スケート連盟に対する韓国スケート連盟の猛プッシュがあることを示唆している。

 もちろん、このような疑惑が生まれるのには理由がある。浅田が難易度の高いトリプルアクセルを成功させても得点は伸びず、一方のヨナはジャンプに慎重な姿勢をとり、簡単なジャンプしか飛ばないにもかかわらず、芸術性や色気などという主観的かつ曖昧な評価で高得点を叩き出しているからだ。

 特に、この結果に憤慨しているのはネット民である。ネット上では、試合が行われるたびにキム・ヨナの高評価に疑問の声が寄せられ、浅田がヨナに負けたときには「八百長」「買収」という言葉が飛び交う。ついには、ヨナの高得点に異論を唱え、ネット上で人気を博す「ときどき黒猫」のブログ主が『フィギュアスケート疑惑の高得点』(東京図書出版)なる本まで出版、話題を集めた。採点に納得できない結果が、ヨナへの“疑惑”を増長させていることは間違いない。

 だが、こうした疑惑に苦言を呈し、反論を行う者がいる。トリノ五輪で金メダルに輝いた、プロフィギュアスケーターの荒川静香だ。

 荒川は、1月に出版した『誰も語らなかった 知って感じるフィギュアスケート観戦術』(朝日新書)で、現在の採点システムについて「技術と芸術が融合したフィギュアスケート本来の戦いに戻ってきた」「(よく「公平か」と質問されるが)ほとんどの場合、納得できるもの」と肯定。その上で、ネット上で叫ばれる“キム・ヨナ八百長説”に真っ向から反論しているのだ。

 そもそも、浅田とキム・ヨナの対決についてメディアでは「技術力の真央 vs 表現力のキム・ヨナ」と語られがちだが、荒川はこれについて「一般的には浅田選手はジャンプ技術が持ち味で、ヨナは表現力で勝負していると思われがちですが、私から見るとむしろ逆なのです」と主張する。実際、バンクーバー五輪や昨年の世界選手権における浅田とヨナの技術点・演技構成点を比較すると、いわゆる芸術点に当たる演技構成点の差はさほどなく、それ以上に技術点に大きな差があるのは確か。ヨナとの比較を抜きにしても、ここ数年の浅田は、技術点はほかの選手たちを下回りながらも、演技構成点で勝つケースが目立っている。

 これは先日行われた団体戦でのショートプログラム(SP)でも同様だ。荒川が指摘するように、“技術力の真央”というよりも、演技構成点に助けられているといってもいい。

 さらに荒川は、「ヨナは技術点のうちGOE(技の出来映えに対する加点)が高すぎる」という“キム・ヨナ八百長説”を唱える人々に反駁するように、「一つ一つのジャンプの質を見て、どちらが加点のつくジャンプを跳んでいるかというと、ヨナはやはりすごく強いジャンパーです」と断言。着氷率の高さはもちろん、テイクオフのスピードと勢いがあると解説している。また、ヨナの武器であるルッツやフリップなど難易度の高いジャンプで3回転+3回転のコンビネーションができる選手はシニアの女子ではごくわずかであるとし、なおかつ「彼女(筆者注・ヨナ)ほどの確実性がある選手は他にいません」と称賛。ヨナの技術点の高さと加点の多さには、きちんと理由があることを強調する。

 一方、浅田に対しては、「ヨナよりも体に柔軟性があり、スパイラルやスピンのポジションが美しい。ステップなどもすごくうまい選手だと思います」「彼女は常に姿勢が美しく保たれて、スケーターとしての天性の美があります」とジャンプ以外の要素を評価しつつも、「スピードに関して言うなら、プログラム全体を通してあまり緩急がなく、演技中にものすごくスピードを出している、という部分はありません」と指摘している。

 また、ヨナの八百長説のもうひとつの論拠となっている「ヨナは不正エッジをとられない」という点についても、荒川は昨年の世界選手権でヨナが不正と判定されたことを例に挙げ、

「ジャッジも技術スペシャリストたちも、復帰してきた選手に対しては半信半疑の厳しい目で見ていますから、SPではまだ点が抑えられていたと思います。彼女のフリップのエッジが不正エッジに判定されたのは、少しびっくりしました。というのは、彼女のフリップは本当にギリギリの、どちらともとれるエッジなので、これを不正としたら多くの選手が不正に該当してしまうのではないだろうか、というほど微妙なところだったのです。FS(フリー・スケーティング)でもまったく同じように跳んだのですが、判定は不正エッジにはなっていなかった。だからやはりSPではちょっと厳しすぎたのではないかと思います」

と正反対の感想を述べている。

 そして、ネットの動きをこう批判するのだ。

「時々、理解不十分な結果に対して『不正だ』『八百長だ』という言葉を使って、感情的にブログなどに書き込む人を見かけますが、このスポーツを愛する者の一人として、とても残念に思います」

 フィギュアの国際大会における採点が「公平」かどうかはさておき、そもそもフィギュアスケートの本質は美の追求。ソチ五輪では、荒川も書いているように、「採点のことよりもフィギュアスケート本来の良さ」を楽しむべきではないだろうか。
(文=エンジョウトオル)