今週はこれを読め! ミステリー編

 人の心はあちこちに隙間が空いている。撫でさすったときには表面はのっぺりとしてひび割れ一つないように見えるが、目に見えないような筋が無数に走っているのだ。ひとたび何かの滴が落とされれば、毛細現象のように吸い上げて心はその色に染まっていく。恐怖という液体は、特に心に吸われやすいのである。

 文春文庫刊の『もっと厭な物語』は、昨年2月に出た『厭な物語』に次ぐ、恐怖小説のアンソロジーだ。「厭」の文字がすべてを言い表しているように、10篇の収録作にはひとつとして読者の心を安らかしめてくれるものがない。あるものはざわざわと波を立たせ、またあるものは腐臭を発して嘔吐の発作を起こさせる。生まれてきたことを恨みたくなるような味わいのものもある。しかしいちばん恐ろしいのは、これらがすべておもしろいことだ。心から厭な物語であるのに、読んでいる最中は無性におもしろい。読めば厭な結末に到達してしまうとわかっているのにページを繰る手を止められない。かさぶたをめくれば血が噴出すと知っていながらつい指で触れてしまう。それが『厭な物語』だ。

 前書では収録作すべてが翻訳小説だったが、今回は4つの国内作品が収められている。夏目漱石『夢十夜』より「第三夜」、小川未明「赤い蝋燭と人魚」の両作の内容は知っている人は多いはずだ。氷川瓏「乳母車」はその2篇ほどの知名度はないが恐怖小説アンソロジーの常連であり、好事家には人気の作品である。文庫本の文字量では3ページ程度の短い小説だが、一度読めば絶対に忘れることはない。日が暮れたらこんな小説は読むものではない、とだけは申し上げておこう。

 もっとも英断だと思うのは草野唯雄「皮を剥ぐ」を収録したことだ。伝説の怪奇小説集『甦った脳髄』(角川文庫。絶版)に収録された作品である。なにしろ冒頭から「生き物の祟りは本当にあるのか」という議論が始まり、主人公の口から幼き日に見聞したなんとも痛ましい事故の模様が語られる。それに続くのは、遠藤という男が自分の蛮勇を示そうとしてか野犬の皮を「生きたまま剥ぐ」場面だ。楽しげに講釈を垂れながら犬の体の随所に切り口を作ると、遠藤は皮を剥ぐ作業を開始する。残酷なことに犬にはまだ意識があり、「自分の体をどうかしている人間の顔を見」さえもするのである。

 筆致はリアリズムに徹して、かつ簡潔であり、情景が容易に想像できるのが腹立たしい。最後にはほとんど冗談のように悪趣味な情景が映し出され、壮絶な虚脱感を読者に味わわせながら終わる。こんな小説が世の中にはあるのである。

 翻訳小説6編のうちでは、自分の心の虜囚となった人が、その牢獄の壁の堅固さゆえにゆっくりと破滅していく話2篇に強く感銘を受けた。エドワード・ケアリー「私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書」とシャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」である。前者は大きな吹き抜けがある建物の最上階に住む男が、隣人たちの迷惑な生活ぶりを書き綴るというものだ。その筆致はヒステリックで可笑しくさえある(「だが、それは大したことではない」というリフレインが効果的に使われている)。後者は逆に静かに綴られていく物語だが、足場が崩されていくさまをなすすべなく見守っているような無力感がある。夫の準備した療養生活のための家に移り住んだ女性が、その家が持っているもののために予期せぬ境地へと進んでいくという話だ。この話のやりきれないところは、夫の行為が純粋な善意から発したものであることで、読むと孤独感に苛まれるのである。その他、徹底したディスコミュニケーションが描かれるスタンリイ・エリン「ロバート」など、やりきれない自滅の物語が多く収録されているのが特徴といえる。

 もう一度書いておくが人の心は隙間だらけである。そこには恐怖という名の液体が容易にしみこむようになっている。

(杉江松恋)



『もっと厭な物語 (文春文庫)』
 著者:
 出版社:文藝春秋
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