何気ない一言が、目の前の相手を怒らせてしまうことがある。特に接客業では、顧客を怒らせてしまった場合、猛然とクレームが寄せられることも十分考えられる。そうした契機になり得る言葉にはどんなものがあるのか。新刊『理不尽な人に克つ方法』(小学館新書)を上梓したばかりの元刑事でクレーム対応のプロである援川聡(えんかわ・さとる)氏が、実際にタクシー会社から相談されたトラブル事例を元に解説する。こうした理不尽な人々は「ホワイト・モンスター」と呼ばれているのだという。

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 私が実際に見た、車載カメラの映像です。時刻は深夜1時過ぎ。客は40代ぐらいの男性で、かなり酒に酔っています。一方、乗務員は実直そうな60代の男性です。

客「次の交差点を右」
乗務員「……」
客「返事がない」
乗務員「はい」
客「ちゃんと聞いているのか!」
乗務員「だから、『はい』って言ってるじゃないですか」
客「なんだ、その態度は! お客をなんだと思ってるんだ」

 客は後部座席から身を乗り出し、今にも乗務員に殴りかからんばかりです。一歩間違えれば、警察沙汰という局面でした。このケース、皆さんならどう考えますか? 酔っ払いが悪い? その通りでしょう。しかし、モンスター化した人間に向かって、「お前が悪い」と言っても始まりません。ホワイト・モンスターが扱いづらいのは、彼らが「自分は正しい」と信じ込んでいて、こちらの意見に耳を貸さないからです。

 さあどうするか。狭い空間で、モンスターと2人きりです。危機的な状況になっても、簡単には「その場」から逃げ出すこともできません。タクシー業は、究極の接客業なのです。

 この会話の中で、実は乗務員が決定的なミスをしています。それはこの台詞です。「だから、『はい』って言ってるじゃないですか」──。客の叱責に対し、不用意に「だから」のひと言を発したことは、大きな失敗でした。

 相手から理不尽なことを言われると、思わず反論したくなるし、厳しい口調で責められれば、つい言い訳したくなるものです。でも「だから」という切り返しは、相手からしてみると、反抗的とも取れますし、逃げ腰とも受け取れる。自分の指摘をきちんと受け止めていないと感じるわけです。

「だから」「ですから」「だって」「でも」──。皆さんも周囲との会話で、こうしたフレーズを使っていませんか? 私はこうした言葉を頭文字からとって「D言葉」と名づけています。トラブルの初期対応で、こうしたフレーズは禁句です。簡単に収まるトラブルも、D言葉が火に油を注いでしまうのです。では、このケースで「だから」がNGだとしたら、どんな言葉が適切だったのでしょうか。

 それは、名づけて「S言葉」です。「失礼しました」「すみません」「承知しました」──。こうした相手に同意を示すフレーズを駆使すれば、トラブルは未然に防げたかもしれません。先ほどのタクシーの中での会話を、「S言葉」でやり直してみましょう。

客「ちゃんと聞いているのか!」
乗務員「失礼しました。次の交差点を右に曲がればよろしいですね」

 こう返されたら、客は怒るポイントを逸してしまう。「S言葉」を上手に用いていれば、このケースでもトラブルもなく、つつがなく目的地に到着していたことでしょう。

※援川聡・著/『理不尽な人に克つ方法』(小学館新書)より