W杯で圧倒的な強さを見せつけ、世界中からソチ五輪女子ジャンプの金メダル「大本命」と見られている高梨沙羅。

 最大のライバルである昨季世界女王のサラ・ヘンドリクソン(アメリカ)は、昨年夏、オーベルストドルフ(ドイツ)のラージヒルでの練習中、膝の靱帯を負傷しその治療で今季のW杯を欠場。そのため、今シーズンの高梨は圧倒的な強さを見せている。

 高梨は、1月の札幌と蔵王で連勝したあとに臨んだ、W杯第11戦プラニッツァ(スロベニア)では、今季2度目の敗戦を喫して2位に止まった。「テイクオフの部分が良くなかったので、後半につながらなかった」とコメントしたが、敗因はその一点のみ。札幌では他のトップ選手より助走速度が時速1キロほど遅くなっていたが、それをプラニッツァでは修正してスピードアップできたため、タイミングがずれたのだろう。

 逆にこの敗戦は、気持ちを引き締めるきっかけになったのではないか。実際、続く第12戦、13戦のヒンツェンバッハ(オーストリア)では連続優勝。シーズン通算9勝目と10勝目を挙げて、昨シーズン、サラ・ヘンドリクソン(アメリカ)が記録したW杯の女子シーズン最多勝記録を更新し、ソチ五輪へ弾みをつけている。

 今シーズン、エマ・クリネク(スロベニア)やジャリナ・エルンスト(ドイツ)など、将来性を感じさせる若手が何人か出てきたが、クリネクはケガで脱落し、エルンストは調子を落している。また、昨年12月からカリナ・ボクト(ドイツ)やイリナ・アヴァモクワ(ロシア)が安定して2位、3位を確保するようになったが、まだ高梨を上回るまでにはなっていない。

 そんななか、不気味な存在なのが、シーズン序盤は調子に乗れていなかったが、1月に地元プラニッツァでW杯復活優勝を遂げたイラシュコ(オーストリア)だ。

 彼女は99年に女子ジャンプ初の国際大会"レディースグランドツアー"が開催されて以来トップに君臨し続けている選手で、11年の世界選手権優勝者でもある。今年30歳だが、女子ジャンプという競技の成長を牽引してきた選手だけに、初の五輪に対する思い入れも強いはずだ。今の状況で、高梨とヘンドリクソンの争いに割って入れる可能性があるのは彼女だけだろう。

 イラシュコは、11年の世界選手権で、スタートゲートからジャンプ台の先端が見えないほどの濃霧のなか試合を制した選手。悪条件の試合になればなるほど、これまでの経験を活かせる強みがあるだけに、高梨にとって警戒すべき相手となる。

 それでも高梨の力が図抜けている現状を考えると、ソチで高梨が金メダルをとる確率はかなり高い。最大のポイントは、1月中旬からジャンプ練習を始めたヘンドリクソンがどこまで状態を戻してくるかになるはずだ。

 ヘンドリクソンのすごさは、ヒルサイズを超える大ジャンプでも、テレマークを入れたきれいな着地ができることだ。昨年2月20日から3月3日に開催された世界選手権でも「それが当然」とでもいうように、美しいテレマークを入れていた。彼女の場合、女子選手のなかでは大柄なため、前後に広げる足の幅も広く、その美しさも増す。

 ヘンドリクソンは、高梨が「完璧なジャンプをする」と憧れている選手でもある。ジャンプ台にしっかり力を伝えて立ち上がり、無駄な動きを一切しないで素早く空中姿勢を完成できる技術があるのは、女子では高梨とヘンドリクソンのふたりだけといっていい。

 高梨は、昨シーズン、ヘンドリクソンとの直接対決となったW杯の2戦でも飛型点の差で敗れていた。そのため高梨は、昨年の春から筋力トレーニングを重ねることで、テレマーク着地の課題克服に取り組んできたのだ。ヘンドリクソンがいたからこそ、高梨もさらなる進化を求め続けたといえる。

 高梨自身、「五輪の大舞台で憧れのヘンドリクソンと勝負をしたい」という気持ちが強い。自分が必死に取り組んできたトレーニングの成果は、ヘンドリクソンと勝負してこそ証明されると考えているからだ。

 ケガから復帰したヘンドリクソンが、ヒルサイズを普通に飛べるまで状態を戻してくれば、完璧なテレマーク着地ができる技術を持っているだけに接戦になる可能性は高い。だが彼女は、今シーズンのW杯ポイントを持っていないため、ソチ本番での1本目の試技の順番は前半になる。そしてそれが、勝敗を分けるかもしれない。

 前半に飛ぶ選手は、風などの条件が不安定であっても、試合進行をスムーズにするためにドンドン飛ばせる傾向がある。そのため、後半に飛ぶトップ選手に比べて悪条件になってしまうことが多く、それがヘンドリクソンに不利に働く可能性は否定できない。

 だがそのハンデをヘンドリクソンが乗り越え、大接戦でのメダル争いとなれば、高梨とヘンドリクソンにとって、その価値はさらに高まるものになるはずであり、彼女たちもそれを望んでいるはずだ。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi