2月5日にアドレルアリーナで行なわれた、スピードスケート2回目の記録会で、女子500mに出場した小平奈緒は、今季W杯ランキング4位でバンクーバー五輪2位のジェニー・ウルフ(ドイツ)をバックストレートで追い詰めると、37秒93でゴールし、2日前の記録会1位の王北星(ワン ベイシン/中国)の記録を0秒08上回る記録を出した。

 このタイムは同リンクで、昨年3月に行なわれた世界距離別選手権の2本目で自身が出した38秒25を大きく上回った。その時の大会の記録と比較すれば、1本目では2位、2本目では3位に相当するものだ。

「私もそうだったけど、彼女も数字を出したかったのだと思います。国内の壮行会のあとで室伏広治さんが小平に『もうふるいにかけ始められているからね』と話してくれたんです。何人かのメダル候補たちは大会が始まる前にふるいにかけられ、ダメな人は勝手に落ちていくものだと。そういう意味ではメダル圏内に引っかかっていることがすごく大事になるから、彼女もここで数字を出してその位置にいることを確認しておきたかったんだと思うんです」

 こう話す結城匡啓コーチは、記録会の前には38秒1台が出ればいいと考えていたという。38秒2になってしまえば、何か対策を考えなくてはいけないと思っていたが、予想を超える記録が出た。

 100m通過も10秒6を想定していたなかで、結果的には100mを10秒42で通過し、100mが速かった分だけゴールタイムが良くなったのだ。

 その中でも特筆すべきなのは、100mの滑りの変化だ。

 昨シーズン掴みかけていた小平の滑りが、今季はウェイトトレーニングやハードな練習で、パワーアップを重点に置いたこともあり、100mまでの滑りで力を使い過ぎているような面が見受けられていた。

 だがこの日は、最初の4歩くらいだけガチャガチャガチャと力を使って走ったが、5歩目くらいから、スケートをしっかり滑らせるような走りになった。最初の4歩で得た速度をその後の滑りにつなぐことができ、トップスピードを上げられた上に力を使い過ぎないで100m以降の滑りにも余裕を持たせられたのだ。

 その上で10秒42の記録は、12年1月に高地であるソルトレークシティで、34秒38の日本記録(当時)を出した時の10秒44を上回る自己ベスト記録。標高0mで気圧が高いソチでこのタイムを出せたことには大きな意味がある。

 小平も「当たった感じですね。出だしが意外と良かったので、そのまま落ち着いていけました」と話し、「今は100mもガチャガチャ行くのではなく、伸びやかに滑れるようになってきていて、自分の感覚も氷に合っていると思います。本番でもスタートが今日みたいに当たればいいですけど、とりあえずは入れ込み過ぎないで、しっかり氷と対話をしながら滑りたいと思います」と意気込んだ。

 1月18日からの世界スプリントでは、直前まで疲労抜きの期間に当てたこともあり、総合5位に止まった。だが、まったく調整して臨んだ大会ではなかったとはいえ、W杯ランキング1位の李相花(イ サンファ/韓国)や2位のオルガ・ファトクリナ(ロシア)が出場していないにも関わらず、思うような結果が出せなかったことは、心も穏やかではなかったはず。だがこの滑りで、そんな不安も消えただろう。

 結城コーチはこう言う。
「出発前に追い込んだ疲れも少しあると思うが、最近はスタートの閃き(ひらめき)もでてきたようで、いい感じになってきていた。今季は100mの滑りで右側にずれるようなっていたが、その理由は左側のスケートの噛みがいいからと考えていたんです。でもここに来て、スタートする時の体の振り切りが足りないのではと思い、号砲がなったあとの頭の位置をどこにするかを意識するように話したんです。そうしたら昨日から急に良くなってきて。だから今日のスタートもまぐれではないと思っています」

 500mにはメダル候補が多く、1000分の1秒単位で勝負が決着する紙一重の状況である。だが今日の滑りでメダル圏内にいることを証明した小平は、バンクーバー五輪500m12位で流した悔し涙を吹き払う準備ができた。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi