今週はこれを読め! SF編

 コニー・ウィリスは『航路』『犬は勘定に入れません』『ブラックアウト』『オール・クリア』など、起伏と機微に富んだストーリーテリングの長篇作品で日本でも多くのファンを獲得している。しかし、いま題名をあげた作品はどれも長い。いくらなんでも長すぎる。面白いから良いとはいえ、ボリュウムたっぷりの本を前にするとそれだけで胃もたれがする方もおられよう。そんな御同輩に最適な一冊がここにある。本書は2分冊刊行の「ザ・ベスト・オブ・ コニー・ウィリス」のうちのユーモア篇で、5つの短篇・中篇を収録(シリアス篇『空襲警報』は2月刊の予定)。どの作品も知的でセンスが良く、すまし顔でピリっと辛辣、滑らかな語りでグサっと鋭利。そのうえ起伏と機微のストーリーテリングも長篇に劣らず存分に発揮されている。



 さらに見逃せないのは、この作家の揺るぎない良識だ。ウィリスは洒脱なコメディを繰りだしながら、世間にはびこっているダメなあれこれを軽やかに皮肉ってみせる。その矛先が向けられるのは、スピリチュアル理論、ニューエイジ思想、権威化した排他的な宗教、行きすぎの政治的な正しさ、教条的なフェミニズム、些末で恣意的なアカデミズム、定型業務をこなすだけの機械的なサービス産業、など。アメリカSF界を代表する良識作家といえばまずアーシュラ・K・ル・グィンが思い浮かぶが、ウィリスも同じくらい安心して読める。大作家ル・グィンは憂い顔で沈思するイメージだが、それに対して本書のウィリスは「ふうっ」「やれやれ」と肩をすくめるかんじ。筋の通らぬ世の中にうんざりしているひとは、これを読んで溜飲を下げてください。



 ぼくがいちばん面白かったのは、文学研究論文のスタイルで書かれた「魂はみずからの社会を選ぶ----侵略と撃退:エミリー・ディキンスンの詩二篇の執筆年代再考:ウェルズ的視点」。アカデミックな叙述法に従って客観性を装いながら、随所に「ぼくが考えたスゴい文学解釈」のドヤ顔がチラチラと垣間見え、もう抱腹絶倒のケッサクだ。注釈がやたらに多い(これも文学論文の特徴)が、そこにもさまざまなネタが凝らされている。ウィリスが偉いのは、たんにバカな学者がグダグダな理論を振り回しているのではなく、細部にそれらしい論理を通し、もっともらしい裏づけをおこなっているところで、つい「なるほど!」と感心してしまいそうになる。この論文のテーマは、火星人による地球侵略をエミリー・ディキンスンの疑似押韻が退けたというもの。ふつうに考えればこの作品世界は火星人の襲来が実際にあった時間線なのだが、よくよく読むと、象牙の塔の住人は事実などおかまいなくテクストだけに依拠してこれくらいは書いてしまう----という設定らしい。



「インサイダー疑惑」は、ストーリーテラーのウィリスと良識人のウィリスとがみごとなバランスで支えあって成立している作品。主人公ロブは筋金入りの懐疑論者で、インチキ商売を暴く雑誌《ジョーンディスト・アイ》を主宰している。彼の相棒は人気女優からこの記者稼業に転身したキルディ。そのキルディが持ちこんできたネタは、女性チャネラーのアリオーラの異変だった。アリオーラはアトランティスの大神官アイスースの霊体と呼びだしていたが、そこにしばしば"割りこみ"が入るようになったのだ。割りこんでくる霊は、二十世紀前半に活躍した辣腕ジャーナリストのH・L・メンケン。ロブが敬愛する懐疑論者の大先輩だ。アリオーラの身体に憑いたメンケンは「この女が喋っているのは駄弁だ。耳を貸す奴は愚かだ」と言い放つ。



 ロブは、アリオーラにあらわれたメンケンらしさ(知識や口ぶり)を認めながら、懐疑論者としてチャネリングを信じることはできない。なにかトリックがあるはずだ。しかし、これがアリオーラの計略だとして、その意図は? 自分のショー(セミナーと称して高額の参加料をせしめている)をわざわざ脱線してまで、メンケンを演じるメリットがあるのか。ロブはあらゆる可能性を吟味し、詐術の証拠をつかむべく緻密な調査を進めていく。この逞しいジャーナリスト魂が、この作品の読みどころのひとつだ。ロブ、キルディ、そしてメンケン(なのか?)、三者三様のウィットたっぷりのシニカルな台詞・態度も楽しい。謎をめぐるミステリとしても隙がなく、ラヴストーリーとしても流れが良い。ついでに映画ファンが喜ぶくすぐりも用意されている(キルディはもともとこの業界に身においていたのでその事情が絡んでくる)。まさに至れり尽くせりのエンターテインメントだ。



 ほか3篇もハイレベルだ(言い忘れたが、この「ベスト」はシリアス篇も併せて、全収録作品がヒューゴー賞/ネビュラ賞を受賞している)。「混沌ホテル」は、量子論的ふるまいがマクロ宇宙(すなわち日常世界)に及び、ハリウッドで開催中の物理学会がドタバタ劇と化す。「女王様でも」は、女性を月経から解放する施術が普及した近未来で、これに逆行する自然回帰を唱える一派が台頭する。「まれびとこぞりて」では、6人の異星人がデンヴァーに上陸するのだが、にらみつける表情をするばかりで人類からの働きかけをすべて無視。ただ、クリスマス・キャロルの特定の箇所にのみ反応する(それが言葉なのかメロディなのか最初は判然としない)。はたして彼らは何の目的で地球を訪れたのか。ファースト・コンタクトは為しうるのか。この作品でも、尊大な宗教家やピント外れの学者が道化を演じる。



「女王様でも」と「まれびとこぞりて」には、頑固な義母、不機嫌な伯母といった強面キャラが登場し、物語の強烈なスパイスとなる。もしかするとウィリスにとって本当に御しがたいのは、世間のたまらん人びとではなく家族のなかのむずかしい方々なのかも。そこらへんの生活感覚をファンタスティックなSFの設定にすんなり持ちこんでいるところも、この作家が多くの読者に支持される理由だろう。



(牧眞司)




『混沌【カオス】ホテル (ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス)』
 著者:コニー・ウィリス
 出版社:早川書房
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