昨年末に北アフリカと中東を旅行したので、これから何回かに分けてそこで感じたことを書いてみたい。

 サッカーのクラブ世界一を決めるクラブワールドカップは、その前身がヨーロッパと南米のクラブチャンピオンが対戦するインターコンチネンタルカップで、TOYOTAがスポンサーとなり中立地の日本で開催されていた。それがFIFA(国際サッカー連盟)主導で6大陸の王者による世界王者決定戦となり、開催地も日本に限定せず、2009年と10年はUAE(アラブ首長国連邦)、13年と14年はモロッコに決まった。

 現代サッカーはイングランドのプレミアリーグを頂点とするヨーロッパが中心で、4年に1度のEURO(欧州選手権)はワールドカップに匹敵する盛り上がりを見せる。本田や香川など日本人プレイヤーが続々と海を渡っているように、ヨーロッパのビッグクラブは各国の代表選手を集めた世界選抜になっていて、そこでのナンバーワンを決めるチャンピオンズリーグこそが“クラブにとってのワールドカップ”だと誰もが思っている。

 EUROとチャンピオンズリーグはUEFA(欧州サッカー連盟)が主催で、クラブワールドカップはそれに対抗してFIFAがちからを入れている大会だ。しかし残念なことに、これまでヨーロッパではほとんど注目されなかった。FIFAはその理由のひとつが日本との時差だと考え(日本の夕方がヨーロッパでは早朝になる)、時差のないモロッコでの開催に期待を託した。

 結論からいうと、今回もFIFAの思惑は外れ、ヨーロッパのスポーツメディアでは大会の模様がほとんど報じられなかった。ブラッターFIFA会長は準決勝の翌日、「とても素晴らしい試合が驚くべき雰囲気の中で行なわれたにもかかわらず、これまでと同様に興味を持たれていないことに失望している」と嘆いた。

 ブラッター会長が言及した試合は、地元枠で出場したモロッコのラジャ・カサブランカと、かつての大スター、ロナウジーニョを擁するブラジルのアトレチコ・ミネイロとの準決勝のことだ。

モロッコでは”歴史的な出来事”となっていた

 ラジャとアトレチコ・ミネイロの準決勝が行なわれた12月18日は、パリからモロッコのマラケシュに移動することになっていた。シャルル・ドゴール空港に着くと、マラケシュ行きの便の搭乗窓口に白と黒の縦縞のユニフォームを着た若者たちが集まって、時折り雄叫びをあげている。彼らはアトレチコ・ミネイロのサポーターで、ブラジルからはるばるクラブワールドカップに出場する「俺たちのチーム」を応援するためにやってきたのだ。

 飛行機の座席はほとんどがアトレチコ・ミネイロのサポーターで占められ、マラケシュ空港に着陸すると一斉に応援歌を歌いはじめた。空港の到着ロビーにはチケットの発券を求める長い列ができている。アフリカ王者が同じ北アフリカのアル・アハリ(エジプト)になったこともあり、どの会場もほぼ満員で、大会は現地ではものすごく盛り上がっていたのだ。

 ラジャ・カサブランカは開幕戦でニュージーランドのオークランド・シティを後半ロスタイムのゴールでなんとか退けたものの、前評判は高くなかった。オークランド・シティは選手のほとんどが働きながらサッカーをしているアマチュアチームなのだ。

 それが準々決勝で北中米代表のモンテレイ(メキシコ)を延長戦の末2対1で破ると、雰囲気が劇的に変わった。熱狂的なサポーター以外は「どうせ勝てるはずはない」と思っていたから、この勝利はモロッコでは“歴史的な出来事”とされ、南米王者との一戦に国民の注目が集まったのだ。

 ところで、モロッコではどのようにサッカーを観戦するのだろうか。

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