第150回直木三十五賞は、姫野カオルコさんと朝井まかてさんの女性二人によるダブル受賞となりました。姫野さんは、「直木賞がねじふせられた」と選評委員の浅田次郎氏に言わしめた、独特な世界観を描く人。一方の朝井さんは2008年のデビューから、一貫して時代小説を描いてきた人です。今回選ばれた『恋歌』は、幕末の動乱期を舞台に、実在の女性歌人にスポットを当て、時代に翻弄されつつも、したたかに生きる女性の強さを描き出します。

物語は明治初期の典雅な雰囲気をまといながら、幕を開けます。語り手は、明治時代に女性初の小説を上梓した三宅花圃(かほ)。元・元老院議員の父と、哲学者・評論家の夫と5人の子を持ち、早世した樋口一葉にうらやましがられ、何不自由なく日々を送っている彼女でしたが、次の小説を書きあぐねています。一作目を書き上げたのは、実は零落した家を救う、お金のため。すべて満ち足りた今、自分は何のために書こうとするのか、自問します。「かほどに倖せだというのにまだ足りぬのか、まだ欲するのか」と。

そんな折、花圃の和歌の師である中島歌子の手記を見つけます。花圃の知る歌子は、当代随一の歌人といわれ、歌塾を繁盛させ、金も栄誉も成した女性。その一方で、人使いが荒かったり、養子縁組を繰り返したり、自由奔放な先生としての一面も知り尽くしたつもりでした。しかし、花圃は、歌子の手記を通して、歌子の想像を絶する過酷な人生と、一世一代をかけた恋を体感します。そして、なぜ、歌子が時代遅れと言われながらも、和歌にこだわりつづけたのか、衝撃とともに受け止めていきます。

歌子の手記に描かれているのは、幕末の水戸。華やかな江戸に暮らしていた17歳の歌子が大恋愛を実らせ嫁いだ先でした。幸せな日々はあっという間に、時代に引き裂かれてしまいます。水戸は尊王攘夷を強く打ち出しながらも、二つの勢力に分かれ、内紛が勃発。武士の夫は水戸藩の内紛に巻き込まれ、妻である歌子も長きにわたって投獄されることに。過酷な運命を負いながら、それでも生へとつなぎとめるものは、夫の愛をよみがえらせる三十一文字の言霊、歌でした。では、なぜ歌子は、死の間際に、半生をかけてきた和歌を捨て、小説のような手記を残したのか?そこに書くことへの真の理由がありました。

朝井さんは受賞後、史実を描いた時代小説としてだけでなく、物語そのものに心を動かしてくれた読者に感謝し、「『負けない小説』を目指そうと思う」と語っています。「史実とフィクションがないまぜになっていることを忘れるほどに酔い、作者の企みを超えて読者が胸を躍らせてくれるものを書こう」とも。時代小説が苦手だと感じる読者も、心奪われる作品と言えそうです。



『恋歌』
 著者:朝井 まかて
 出版社:講談社
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