「生まれた時の環境で、人生が決まる世の中にはさせない」慎 泰俊さんインタビュー。
貧困や親の虐待から逃れ、児童養護施設で暮らす子どもたちは全国に約3万人います。原則として18歳で施設を出なければならないのですが、児童養護施設出身者の大学進学率はわずか1割程度。高校中退率は全国平均の約3倍に上ります。そんな彼らにとって、社会の荒波はあまりにも過酷。頼れる身内がいないケースも多々あります。

「生まれた時の環境で、人生が決まってしまう世の中にはしたくない」とは、児童養護施設の子どもたちを支援する「NPO法人 Living in Peace」理事長の慎 泰俊(しん てじゅん)さん。本業は投資のプロフェッショナル。児童養護施設向けに、国や地方の制度を最大限に利用した画期的な寄付プログラムを考案しました。

「子育て世代の生命保険料を半額にして、安心して赤ちゃんを産み育ててほしい」という思いで開業し、業界で初めて付加保険料の開示をするなどしてオープンな情報公開につとめているライフネット生命がお話を伺いました。

――児童養護施設の子どもたちへの支援をはじめたきっかけを教えてください。

日本の子どもの約6人に1人が貧困状態※1で、この問題は徐々に深刻になっています。とりわけ母子家庭貧困率※2は高く、ここ20年くらいずっと5割以上。児童養護施設に来る子どもの家庭は、ほとんどが経済的な問題を抱えています。また施設にいる子は虐待を受けてきた子が多く、データに表れないものを含めると、7割の子どもが虐待経験を持つともいわれています。絶対ではありませんが、貧困と虐待は強い関連性があります。

学力と家庭環境はほぼリンクしていますから、普通の家庭に育って勉強して大学に進んで…といったルートを歩んでいると、貧富の格差を実感することはほとんどないかもしれません。けれど確実に、この日本にこの階層は存在します。

私の育った在日コリアンの社会も貧富の差が激しいんです。高校は朝鮮学校に通っていたのですが、偏差値で区分けされていなかったから、学校のなかにも厳然たる格差がありました。九九にも苦労する生徒がいれば、教室の片側には東大をめざす生徒がいる。家庭環境のせいで学校に来なくなってしまったり、経済的な理由で泣く泣く進学をあきらめたりする友人もいました。こうした高校時代が原体験として残っていて、社会の仕組みを変えたいと考えるようになったんです。

――慎さんの著書「働きながら、社会を変える」のなかで、慎さんが児童養護施設に住み込みをするエピソードがあります。この体験から、投資的な考え方の寄付プログラム「チャンスメーカー」が生まれました。
投資ビジネスでは直感や現場感を大切にしています。児童養護施設を支援するときも、実際に体験することで必要なものが見えてくると考えました。会社の長期休暇を利用し、1週間、実習生として施設に住み込みをさせてもらったんです。

児童養護施設の子どもはきめ細かい心のケアが必要ですが、圧倒的に職員さんの数が足りていない現状がありました。私がいた施設では、1人の職員さんが見る子どもの数は平均10人。これは他の多くの施設でも同じ状況です。子どもが何か問題を起こした際、本来はじっくりマンツーマンで話し合うべきなのに、なかなか時間がとれず、慌ただしく日々が過ぎてしまう。

児童養護施設出身者のなかには、心の傷が癒えないまま大人になり、高校を中退してしまったり、仕事が長続きしなかったりする子もいます。すると、収入の低い仕事しか見つけられないなどして生活は困難を極める。ホームレスのなかには施設出身者が多いといいます。

人間、生きる意味がわからなかったら努力はできないもの。まれにスポーツや芸術分野などで才能を発揮し、意味を見出す人もいますが、たいていは人間関係から生きる意味を見つけていきます。自分を大切にしてくれる親や大人が周囲にいることが、自己肯定感の礎となって「頑張る力」へとつながるんです。

住み込みをして何日か後、ある男の子が初めて自分ひとりでシーツをかけられるようになった光景を目の当たりにしました。男の子は、いつもは途中で諦めてしまうのですが、この日は最後までがんばって、ようやくできた。そばで見ていた指導員が「よくやった!」と、すごくほめたんです。本人も心からうれしそうにしていて、ほめることの大切さを痛感しました。成長をきちんと見てあげて、些細なことでもタイミングを逃さずしっかりとほめる。こうした積み重ねが自己肯定感につながるのですが、職員さんの人員が十分でないとなかなかできません。

児童養護施設のなかでも経済的に恵まれているところは職員さんの数が多く、その結果、子どもの進学率や就職率が高くなっています。脳科学の池谷裕二先生もおっしゃっていましたが、人間の成長は生来の気質よりも、環境ファクターのほうが遥かに大きく影響するんですね。

子どものためには職員さんの人員を増やす必要がある。しかし職員さんを1人増やすには人件費として、1年間約600万円かかります。結局はお金がないと始まらないんです。そこで、「Living in Peace」のメンバーとも話し合い、寄付プログラムを立ち上げることにしました。

――「チャンスメーカー」は、施設建て替えから職員増員まで見越した画期的なプログラムだと思います。寄付の仕組みを詳しく教えてください。

現在ある児童養護施設のほとんどが老朽化していて、施設の8割くらいは、大所帯で暮らす合宿所のような建物です。けれど子どもの心のケアを考慮すると、家庭に近い環境の、少人数で暮らせるグループホーム(集合住宅)のほうがいい。

で、たとえば50人で暮らしていた大規模施設を、グループホームに建て替えると、国と自治体の制度により職員が自動的に増やせるんです!私も知って驚いたのですが、施設の建て替えにより職員3〜4人分の人件費の補助金が毎年おりるようになる。これはとてもレバレッジ効果(※投資用語で少額の資金で大きなリターンを得ること)の大きい制度です。(※補助金の仕組みは、自治体によって異なります。)

もちろん建て替えには費用がかかりますが、国から7割補助金が出て、残りの3割の部分も「福祉医療機構」という団体から15年満期で無利子借入れができる。つまり借り入れができるだけの原資を集めれば、家庭的な住環境と職員増員が一気に叶う。まさしく一石二鳥の制度です。具体的な数字で説明してみましょう。

たとえば、集合住宅8軒分をつくるために4億円がかかるとしたら、国からの補助金は2.8億円です。施設側は残り1.2億円を用意すればいいことになります。1.2億円を15年満期で無利子借りるとなると、1.2億円÷15年で、返済額は1年間あたり800万円、1カ月67万円あればいいんです。ただし、返済のあてがなければ、当然、団体からお金を貸してもらうことはできません。そこで、借入の申請時に「チャンスメーカー」に集まった寄付金の一部を返済にあてると約束します。すると審査が通って、建て替えが叶うようになります。

「チャンスメーカー」の支援先第一号である東京都所管の施設「筑波愛児園」の場合は、施設の建て替えにより、専任職員が3人増えて、15人から18人になる予定です。人件費が年間500万円とすれば、1500万円の支援を毎年得られることに相当します。

――「チャンスメーカー」では、クラウドファンディング(※少額の寄付金を大勢から集めること)の手法をとられています。この理由は何でしょうか?

僕らのしている資金的なサポートは砂場に水を撒くようなものでしかない。児童養護施設の現状をよくするには、政策が変わることが一番なんです。多くの人に知ってもらって世論へとつなげることが、世の中を変えるアクションになります。

「チャンスメーカー」は月1,000円からの寄付を呼びかけています。大勢から寄付を集めることは、児童養護施設の課題をPRすることと同じ意味を持ちます。富裕層の善意に訴え、大金をポンと出してもらう方法もありますが、それだと目の前の問題しか解決できません。広がりを持たせることがキーになります。
現在は月100万円くらい集まるようになりました。私たちがめざすのは世の中の仕組みそのものを変えること。長い時間がかかりそうですが、取り組んでいきたいです。

――子どもの貧困問題への取り組みに、ご自身のスキルを活かしておられるという点に感銘を受けました。子どもの成長には環境・経験が大切であるというお話にも大変共感しました。

私は教職につく、厳格な父親のもとで育ちました。四人兄弟で決して裕福な暮らしではないなか、母親は困っている人を見ると放っておけない情深い性格だったそうです。「今の私があるのは両親のおかげ。私自身がえらかったわけでも何ともなくて、たまたま環境がよかっただけ」。だからこそ、すべての子どもが、幸せに生きるチャンスを当たり前に得られるような社会をめざしています。

――最後に、ライフネット生命に対する印象をお聞かせください。
貴社に勤めている知人が数人いるのですが、同じタイプの人間が一人としておりません(笑)。「企業は人なり」と言いますが、個性豊かな社風なのだと思います。創業者のおひとりである、出口CEOの理念もシンプルでまったくブレていません。それがアイディア光る商品設計に表れているのではないでしょうか?

――本日はありがとうございました。

聞き手:猪瀬祐一(ライフネット生命 マーケティング部)
3歳の女の子と10ヶ月の男の子のパパで、育児に奮闘中。

今回のような育児インタビューは、新米パパママのための特集『育児はいつも、波乱万丈( ̄▽ ̄)』というコーナーで連載中です。次回もお楽しみに!

■記事協力:ライフネット生命
http://www.lifenet-seimei.co.jp/

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特集『育児はいつも、波乱万丈( ̄▽ ̄)』
Living in Peace 公式サイト


※1 厚生労働省の平成22年国民生活基礎調査・貧困率の状況より。
※2 相対的貧困率。厚生労働省資料の「相対的貧困率」の作成基準より。

取材・文章:中澤夕美恵 企画・編集:谷口マサト