今週はこれを読め! SF編

 オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』以来、SFはさまざまなかたちの宇宙未来史を描いてきたが、《天冥の標》シリーズはその系譜に新しい流れをつけ加えた。宇宙へ進出した人類は、やがて分化し、もつれあっていく。その分化の軸となるのは、パルプ雑誌全盛期のスペースオペラでは人種(たいていは人種差別を惑星間に拡大しただけの)だったが、黄金期のSFでは新しい国家(たとえば宇宙植民地独立というかたちで)、1970年代にはライフスタイル(ジョン・ヴァーリイが好例)と変化をしてきた。サイバーパンクの旗手ブルース・スターリングの連作では、人間性とテクノロジーとの融合スタイルの違いによって、生体工作者[シェイパー]/機械主義者[メカニスト]の二大勢力が発生する。



 小川一水の新機軸は、人類の分化の要因のひとつに「病」を置いた点である。《天冥の標》タイムラインの起点になるのは、21世紀前期のパンデミック「冥王斑」発生だ。罹患者は高確率で死に至り、生き延びた場合でもウイルス保持者として厳密に隔離され禁忌の対象となる。彼らは「救世群[プラクティス]」と呼ばれ、やがて月面居留地で独自の共同体を営みはじめる。「救世群」にとって冥王斑は宿痾であると同時に、健常な人類に対抗する外交カード(身も蓋もない言いかたをすれば彼ら一人ひとりが生物兵器だ)でもある。かたや一般社会にとって「救世群」は、遠ざけるべき穢れだが、その一方で崇敬の念すら呼びおこす存在でもある(死病という受難を乗りこえたのだから)。



 スーザン・ソンタグは「隠喩としての病い」と言ったが、小川一水は隠喩を隠喩にとどめず、太陽系全域において作用を及ぼす実効として描きだす。これがSFのダイナミクスだろう。



 そして、シリーズが進むにつれて冥王斑を取りまく関係が変貌していく。端的なのが「医師団[リエゾン・ドクター]」だ。もともと冥王斑患者支援のために設立された組織だが、「救世群」の勢力拡大にともない彼らと一般社会とを仲立ちする機構となり、さらに数世紀後には惑星間条約を監視・違反裁定する組織「ロイズ非分極保険社団」に吸収され、中立緩衝勢力として活動するようになる。



 じつを言うと、《天冥の標》の歴史のうねりはかなり複雑で、「冥王斑」を軸にした「救世群」/一般社会の分化以外にも、居住する天体の違いによる国家的な共同体のあいだの葛藤や、環境適応のためのテクノロジーが生みだした新しい諸種族の思惑など、いくつもの糸が縦横に絡んでいる。そのうえ、ほとんどの人類が気づかぬうちに太陽系外由来の異種知性体の干渉まであるのだ。これだけ多くの動因を内包しているので物語は拡大する一方。どうやって収拾をつけるか想像もつかない。



 この書評では、ふつうシリーズ途中の作品を取りあげるのは避ける(第一作を紹介する、もしくは完結時にまとめて扱う)のだが、《天冥の標》ばかりはそう悠長なことを言ってられない。巻ごとに局面も視点も大きく変わるので簡単に追い切れないし、それとうらはらに巻ごとに別々の読みどころがあるので、未読の方には「早く読みはじめたほうがいいですよ」と忠告するのが親切というものだろう。前述したように複雑な未来史なので、くれぐれも第一巻から順にどうぞ。



 さて、最新巻『天冥の標? 新世界ハーブC』は、ついに「救世群」が禁断のカードを切り、「冥王斑」が太陽系全域に撒き散らされてしまったあとの物語だ。太陽系外をめざしていた恒星船ジニ号は抗争に巻きこまれ、小惑星セレスへと墜落する。かろうじて生き残った若い恋人たちアイネイア(彼氏)とミゲラ(彼女)は、セレス・シティの地底に潜んだ生存者たちと遭遇。「冥王斑」の脅威をまぬがれていたのはわずか5万2000人ほどで、しかもその大半は未成年だった。地上に出れば「救世群」に発見されてしまう。限られた資源とエネルギーしかない地下空間に、青年たちだけで社会を再建し、生き延びる術はあるのだろうか? そもそもそうやってしてまで生きる意味があるのか?



 子どもたちだけのサバイバルと社会再建----ヴェルヌ『二年間の休暇』のような漂流もの(救助を待つのが前提)は別格とすれば、すぐに思い浮かぶのは小松左京の短篇「お召し」や小池一夫原作・平野仁作画のマンガ『少年の町ZF』だ(趣向はちょっと違うが、そこに楳図かずおのマンガ『漂流教室』を加えてもいい)。本書がこれら先行作品と大きく異なるのは、5万2000人という数のリアリティだ。秩序を維持するには嵩張る数だし、全人類の存亡を担う(太陽系の他地域は「救世群」に蹂躙されたと推測される)には微々たる数だ。



 セレスの青年のなかには能力に秀でた者が何人かおり、そこにアイネイアとミゲラも加わって、まず部分的な秩序集団が形成される。他の地域との連合やかけひきなどもあって、しだいに新しいセレス社会がまとまっていくのだが、その過程はきれいごとではない。最初にリーダーシップを発揮したのは率先して行動するミゲラだったが、やがて生来のマキャベリストである少女サンドラにその座を奪われる。サンドラが凄いのは、周到にお膳立てしたうえアイネイアの気持ちまで利用するところだ。アイネイアはじゅうぶんに聡明なのだが、人間関係のバランスのなかでサンドラを選ばざるを得ない。また、サンドラもけっして悪女ではなく彼女なりの理において行動しており、それはセレス全体の利にも適っている。



 この巻は、極限下の宇宙サバイバルSFでもあり、数手先を読みあう政治サスペンスであり、エクストラビターな恋愛小説である。いずれにしてもかなりヘヴィだ。そして終盤、セレスの未来と絡めて「救世群」にまつわる新たな謎が提示され、次巻への期待をいやがおうにも盛りあげる。



(牧眞司)




『天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)』
 著者:小川 一水
 出版社:早川書房
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