6日に行われた第150回直木賞授賞式はジャージ姿の姫野カオルコさんが話題をさらいました。直木賞は1934年に芥川賞と一緒に制定されてから、今年で80年目。その晴れやかな舞台の裏表には、作家、選考委員、編集者の、さまざまな悲喜こもごもの物語がありました。小説よりおもしろい文学賞の世界を、膨大な資料からひもといたのが本書『直木賞物語』です。

筆者は、"直木賞おたく"を自認する川口則弘さん。2000年よりホームページ『直木賞のすべて』を運営し、直木賞に関するさまざまな資料や情報のほか、ピリッと皮肉のきいた持論を展開しています。

第1回から第149回までの受賞作、選考委員、受賞コメントなどを500ページにもわたってつづったノンフィクションである本作は、文学賞としての理想と現実のはざまで揺れつづける「直木賞」の姿を浮き彫りにしています。

「大衆文芸」にスポットを当てた直木賞は、「純文芸」の芥川賞とすみ分けをするように制定されました。ところが直木賞は、初期の段階から方向が定まらないまま、迷走。迷走しながらも、芥川賞と比較され、権威ある賞として祭り上げられてしまいます。その権威が、さらに選考委員を惑わせ、通俗的な「大衆文芸」を嫌い、「文学性がない」の一点で「売れ筋商品をバッタバッタと落としつづける」方向に加速。それゆえ、多くの敵を作ることにもなりました。皮肉にも、「反直木賞」と呼ばれる作品が彩った文芸の軌跡を見るだけでも、直木賞の存在意義が浮かび上がってきます。

たとえば、1943年の第17回直木賞。山本周五郎は「日本婦道記」での受賞を辞退し、その姿勢が反権威=反直木賞の象徴ともなりました。3度候補になった筒井康隆は、直木賞の舞台裏を揶揄した小説『大いなる助走』を発表し、話題を集めました。近年では、横山秀夫の「直木賞訣別宣言」、伊坂幸太郎の選考辞退が、記憶に新しいところです。

川口さんは、あとがきで、ほかの文学賞の中でも直木賞がとびきり好きだと述べています。

「頼りなくて、だらしがない。とにかく頑迷で、世間知らず。だけど尊敬されたいから背伸びして、馬鹿にされて、失敗をやらかし、それでも虚勢を張って言い訳しながら、どうにかこうにか生きている。(中略)ほとんど、私自身の姿を見ているかのようでもある。だから、どうしても思いが強くなる」



『直木賞物語』
 著者:川口則弘
 出版社:バジリコ
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