今週はこれを読め! ミステリー編

 主人公の顔を正面から見ることが少ない小説というのは意外とよくある。

 その人物が過去になしたことを追いかけていくような作品がそうだ。彼、もしくは彼女に追いつくまで、読者に見えるのは後頭部だけなのである。

 エレン・ウルマン『血の探求』(東京創元社)の場合、主人公は読者に横顔を向けている。彼は50歳の大学教授で、精神が不安定になる重度の発作に襲われたために休職し、アイスキュロスの悲劇に関する講義の準備をするため、サンフランシスコに小さなオフィスを借りたところである。読者に見せている顔が片側だけなのは、もう片方の側の耳をそばだて何事も聞き漏らすまいとしているからだ。

 彼のオフィスはダウンタウンのオフィス街にある。普請が安いためか、隣室の話し声が漏れ聞えてきてしまう。最初はそのことを迷惑に感じていた彼だったが、次第に隣室の話を盗み聞きすることに熱中するようになる。読者は彼の横顔に、背徳の行為に耽溺する人間特有の、熱に浮かされたような表情を見てとるはずだ。

 隣室のドアには〈ドーラ・シュスラー博士〉と記してある。どうやら精神分析医のようだ。彼をひきつけたのは、患者の一人が博士と話すときの声だった。患者番号三としてファイルに整理されているらしい女性だ。彼女の精神の不調は、自身が養子であり、実の母親が誰なのかを知らないことに起因しているようだった。シュスラー博士とのセッションを重ねていくうちに、彼女は驚くべき事実を語り始める。

 第一部の冒頭数章を読んだだけですぐにこの小説に引き込まれた。主要な登場人物は三人だが、主人公と患者の名前は明かされないまま話が展開する。盗み聞きだけで構成された小説であるため、カギカッコは使われずに地の文と会話とが渾然となるように書かれている。紙の上に記されているのは医師と患者の会話だが、読者は盗み聞きをする主人公の脳裏を通過してきたそれを目にしているのだ。恥ずべき盗聴者は、やがて自身の行為に正当性を見出す。患者番号三に、顔さえ見たことがない女性に、妄執といってもいいほどの愛情を抱いたのである。彼女を救済したいという願いが主人公をつき動かしていく。

 早い段階で患者が同性愛者であることが明かされる。主人公が発作的に面会を追えた患者を尾行し、女性の同性愛者専用のバーに紛れこむ場面は非常に印象的だ。場違いな店に入り込んだ彼に、バーの客たちが罵声を浴びせる。変態、助平おやじ、変質者と。しかし主人公の中にはそういう疚しい気持ちはない。彼にとってそれは対象を「理解しようとする私なりのやり方」にすぎないのである。

 この人物の五感を介して物語と接しなければならないのは実に気色の悪いことなのだが、その不快さにも意味がある。名前のない主人公は、鏡に写った読者自身なのだ。覗き見中ガラスに顔が映ってしまい、己の表情に慌てている〈私〉である。覗いているのは、あるいは盗み聞きしているのは誰なのか、と作者は問う。

 患者の個人史はやがて大きな歴史と接続していく。ごく私的な事柄が、源流をたどるうちにより普遍性のあるものに結びつくのである。この主題は先行作でもたびたび採り上げられてきたが、聞き手としての自分は何者なのか、という問いを読者につきつけながらそれを語っていく点に本書の特質がある。読みながら、物語に没入している自分と、それを引きで眺めている自分とに自己が分裂していく感覚があった。犯人当てや不可能犯罪推理の興趣はここにはないが、自分の中の不分明な部分に探り針を入れていくようなスリルは味わえる。

 400ページ弱、2段組と分量も多く万人向けの作品ではない。しかし密度の高い読書時間を求める方にはぜひお薦めしたい。

(杉江松恋)



『血の探求』
 著者:エレン・ウルマン
 出版社:東京創元社
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